Entries

嫌な先輩について(2)

私が公判部に移り、室長で、しかも、問題児である私のお目付役となった甲さん、立会事務官2人の計4人の部屋で、シコシコ仕事をこなす日々が始まりました。

そして、裁定合議事件となった問題の事件について、甲さんが冒頭陳述書を起案する際、乙に電話をしたところ、乙がやって来ました(「飛んできた」という表現が適切かもしれません。)。しかも、何か書類を持っていました。その書類を手にした甲さんが、私に「オグちゃん、『サンポウ』って知ってるか。横書きを縦書きにしたら、冒頭陳述書が出来上がりだ。」と言われました。とにかく、「サンポウ」と言われる書類があると思って下さい。「サンポウ」は、当時、B5の用紙を使って横書きで作成されていましたが、これをB4の用紙に縦書きにすれば、検察官が証拠調べの最初に行う冒頭陳述の内容を記載した書面が出来上がったのです。


私は、「サンポウ」という書類があること自体、知りませんでした。当然のことながら、乙は、私に「サンポウ」のことを言いませんでした。ところが、自分より先輩である甲さんから呼びつけられた乙は、「サンポウ」を持って甲さんのところに飛んできました。


私はこの経験を通して思いました。自分がそれなりのキャリアを積んだとき、新任用に一応の書類は起案しておいて夏休みをもらおう、自分が休みをとるからといって、他人に仕事を丸投げするのはやめよう(そう受け取られる言い方もやめよう。)と誓いました。

もっとも、新任に否認事件の論告起案を任せ、呑みに行ったところ、帰りに検察庁公判部の電気が灯っているのが気になって公判部に行ったら、翌日に公判が迫っている問題の論告要旨がほとんど手付かずの状態で残っていたことがあります。一気に酒の酔いが醒め、新任を帰宅させて、ほぼ徹夜で論告要旨を起案しましたが、私にはこれが思い出に残る秀作となりました。奇遇という言葉がピッタリです。



(平成27年8月1日午後7時45分追記)
shadowさんのコメントに対する拍手が鳴りやまないおそれがありますね。
関連記事

コメント

[C2224] なるほど、あいつですか

乙の正体がわからなかったのですが、メールで教えて貰ってわかりました。私が最後に検事を辞めたときの直属の上司(仮に「A」とします。)のその上にいた人物ですね。当時、私は検事を辞めて弁護士への転職を決意していましたが、地検の全否認事件が私に集中配点され、高熱を出して倒れても休めず、おまけに弁護士への就職活動をする暇もない状態に追い込まれていました(新任のときと変わらず)。それで、思いあまって、Aに対し、「このままでは4月に私は失職して家族と共に路頭に迷うことになる。12月末で退職させて欲しい、1月~3月で何とか就職先(弁護士事務所)を見つけるので。」と言ったところ、Aが突然ヒステリックに叫び出し、「お前が退職時期を前倒しにしたら俺が検事正に怒られるやないか!どうしてくれる!」などとこの後に及んで自己保身に走ったせこい発言をし、さらにAと結託した乙が、私に「お前は約束違反だ。3月まで勤務すると言ったはずだ。」などと見当違いな批判をして自分達の責任を回避したので、私は、「これで本当に終わったな」と思い、検事の仕事を辞めることに何の未練も残さずに済みました(その意味ではAと乙に感謝しています)。で、この彼らの言動に腹を立てて送別会の出席を拒否したところ、後日乙に呼び出され、「そんなことは許さん」などと自分のことを棚に上げた見当違いな批判を受けましたので、「shadowなんて検事は、これまで検察庁に一度たりとも存在したことはなかった、それでいいじゃないですか。存在しなかった検事が送別会に出るなんておかしいでしょう。」と言い、これが私の検察庁での最後の言葉となりました。それに対する乙の回答は、「馬鹿な奴だ。これからお前にはイバラの道が待っている。」でした。んで、その後送別会も出席せず、最後の日は見送りもいらないと言って、一人静かに検察庁を出て、すぐに官舎も引き払い、そのまま岡山に来て、オグちゃんが紹介してくれた弁護士事務所にお世話になったわけです。事務所の所長から、「まずは(退職)おめでとう」と言われて心底嬉しかったのを覚えています。ちなみに、私は、検察庁時代、関東と関西を渡り歩いたため、双方に人脈がありましたが、退官後、それぞれの人脈から、何故突然辞めたのか聞かれたので、上記経緯も含めて全部正直に話したところ、関東の人脈からは、「関西ではまだそんな下らねぇことを言う奴が生き残っているのか、ますます人事交流をさかんにしないといけないなぁ。」と言われ、関西の人脈からは、乙とAについて、「あいつらわしらに恥かかせる気か!許さん!」と言われました。その後、Aは、私が辞めた後、難事件を押しつける人材がいなくなったため、自分でも働かなければならなくなり、そのせいか過労で亡くなり、乙は思うような出世ができなかったと聞いています。これもあくまでも偶然ですが。
  • 2015-08-01 19:00
  • shadow
  • URL
  • 編集

[C2225] 補足説明

私に事件を大量に配点して休めないようにしたのはA、それを許可していたのが乙でした。要するに、どうせ辞めていく人間だから、酷使したところで、それが原因で退職に追い込んだことにならないので、自分たちの勤務評定には影響ないと考えたもので、それが原因で私は就職活動さえ出来なかったのですが、Aも乙も、私に大量の事件を押しつけて、「後はお前の責任だから」と言って5時に帰り、あるいは私が夜中まで仕事をしていても平気で庁内で酒盛りをして騒いだりしていました。そんなことをしている奴らが私に、退職の前倒しは約束違反だなどと怒り出すわけですから、本末転倒、世も末ですね。私の最後の任地は関西のとある大地検でしたが、検察では、関東系と関西系に大きく派閥が分かれており、当時関東系から「人事交流」と称して、幹部クラスの検事が次々に送り込まれ、関西系の検察組織の悪い部分を改革するという動きになっていました。実際、検事正も関東系の人が来ていました(そのため乙とAは検事正とウマが合わず、現場で私との間でトラブルになってそれが検事正にばれることを怖れていたので、必死に私に責任転嫁しようとしたわけです)。つまり、退官後、私が関東系の人脈から聞いた「ますます人事交流をさかんにしないといけない」というのは、もっと関東系から幹部クラスを送り込んでAや乙のような上司を排除して改革しないといけないという意味だったわけです。それが原因かどうかはわかりません(今となってはどうでも良い)が、乙は思うような出世ができないまま数年後に引退し、その後は、彼が「イバラの道」だとさんざん馬鹿にしてくれた弁護士の仕事に就いたと聞いています。因果応報とはこのことですね。
  • 2015-08-02 20:29
  • shadow
  • URL
  • 編集

コメントの投稿

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://ogmomomanami.blog.fc2.com/tb.php/3032-16b3d8c5
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

Appendix

カテゴリ

Extra

プロフィール

オグちゃん

Author:オグちゃん
平成25年5月、アメーバ・ブログから引っ越してきました。役に立つことも、役に立たないこともマイペースで書いています。日記のような感じでしょうか。

しかし、ブログから新しい出会いが生まれ、有難いものであるということも知りました。

最新記事

検索フォーム

アクセスカウンター

フリーエリア

QRコード

QR

天気予報


-天気予報コム- -FC2-