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昭和55年の8月19日について

おはようございます。熟睡できたので、目覚めがスッキリしています。


昭和55年8月19日の夜、新宿駅西口において、停車中のバスが放火されて多数の死傷者が出る凶悪重大事件が発生しました。

私はその年の3月に高校を卒業し、浪人生活を送っていました。そして、高校の同級生(「N君」とします。)が杉並区松庵(最寄り駅は西荻窪駅)に下宿を借りて予備校に通っていたため、夏休みを利用してN君の下宿に転がり込み、東京を案内してもらっているところでした。私は、バスの放火事件が発生したことを知り、福岡にいる親が私のことを心配していると思い、公衆電話から自宅に電話をしました。当時は携帯電話というものが出回っていませんでしたし、N君の部屋に(黒色の)固定電話すらありませんでした。その代わり、あちこちに公衆電話がありました。

N君は一浪して大学に入学し、私も上京することになったことから、大学に通い始めても付き合いは続き、私は西荻窪に頻繁に出没していましたが、いつしか全く付き合いが無くなりました。N君も司法試験を受験すれば普通に合格したはずですが、偉大な父親に対する反発があったのか司法試験に興味を示すことはありませんでした。

先日、白表紙を探していたら、N君が浪人時代に私にくれた1通の手紙が出てきました。郵便番号が5桁で、封書は50円で送ることができた時代の手紙です。その手紙には、予備校の授業が素晴らしい上に、周囲も強者揃いであるが、それが刺激になっているとし、私が苦手な古典の勉強方法が書かれていました。また、亀井勝一郎氏の著書「青春論」を読んで感激したとも書かれていました。その手紙の最後の部分は何度も何度も読み返した記憶があります。それを引用します。

【全浪人生へ。
我々浪人は、いわゆる落ちこぼれの一種かもしれない。けれども、現役の諸君より少なくとも一つの大きな経験を得たのではないだろうか。「挫折」という人間なら遅疾こそあれども必ず味わうであろう感情を。この苦しみにこそ快感を得るべきではないだろうか。どうせ人生70年、この特殊な一年は我々にとって70分の1以上のものでありたい、否、70分の1にしてはならない。-少なくとも僕はそう思います。】


私は、特別な思いがあるからでしょうが、法曹を目指して司法試験を受験している皆さんには、1年が70分の1以上のものであってほしいと願っています。そして、この世を辞するまでにもう一度N君に会えたらなと思っています。もっとも、いざとなったら、会う勇気は萎えるのでしょうが、…。



盆明けの昨日から、司法修習生が仕事場に戻ってきました。しかし、今週いっぱいで弁護修習は終わりです。この司法修習生は、仕事を処理する能力に長けており、そのための資料の検索が早かったです。ちなみに、私が司法試験の口述試験で悪戦苦闘していた最中の平成元年10月生まれらしく、世代の違いを感じました。昭和が遠くなりましたね。
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平成25年5月、アメーバ・ブログから引っ越してきました。役に立つことも、役に立たないこともマイペースで書いています。日記のような感じでしょうか。

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