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昭和60年の8月12日について

平成26年8月12日になりました。世の中は、既に盆休みモードに入っており、帰省される方が先日の台風11号の影響で交通機関が運休となって予定が変更になったニュースを目にしました。子ども3人がお世話になっている空手の道場も今日から盆休みになり、昨日の少し遠方にある道場での練習に子ども3人はJRを使って行きました。空手のF先生、東北地方までお墓参りに帰省されるようです。「行ってらっしゃい。」、耳障りの良い言葉です。


ところで、ブログに「あの日の出来事」という新しいカテゴリーを作ってみました。正確には、「あの年の出来事」かもしれません。

昭和60年8月12日、日航機が墜落しました。29年が経ちました。そのことを知らない世代も増えたはずです。当時の私は、下宿にテレビがなく、新聞もとっていませんでしたから、世の中の動きは主にラジオのニュース、大学の図書館にある新聞で知る生活を送っていました。

ニュースの内容は、帰省客を乗せたジャンボ機が羽田空港を出発した後、消息を絶ったということから始まり、日が変わって墜落しているのが発見されたと記憶しています。生存者が自衛隊によって救出されるシーンが何度も放送されました。亡くなった方がジャンボ機が迷走する中、家族に遺したメモが涙を誘いました。「生」と「死」、どこで、どう分けられるのか不思議でした。圧力隔壁、ダッチロールという言葉を耳にするようになりました。

私は、その年の3月に大学を卒業し、司法試験の受験一本に絞り退路を絶った感がありました。こういう言い方をすると、人の聞こえは良いですが、単に就職したくなかったのです。5月に実家のある福岡で択一試験を受験して久しぶりに親の顔を見て安心し、ほとんど頭を使う必要がない問題にそれほど苦労することなく合格しました。たしか、合格最低点がやたらに高かったと記憶しています。しかし、論文試験を待っていたかのように、梅雨が明けて酷暑になった直後に初めての論文試験を受験し、4日間(当時は4日間でした。)試験会場に足を運ぶことだけで精一杯でした。また、同じ教室で受験していた高校の同級生(Kさんではありません。)が、近くで喋りまくっていた連中を怒鳴りつけるシーンを目にし、あまりの暑さで頭がおかしくなったのかと思いました。後日、その同級生の他1名、それから大学の同級生2名が最終合格していたので、参加賞を貰いに来た馬鹿どもに自分の人生を邪魔されるのは許せなかったのだろう、自分もそうなるだろうかと思ったものです(最終合格した年の私は、馬鹿どもの近くにいないで淡々と休憩時間を過ごしましたし、苦手な分野から出題されないことを祈って出番を待っていました。)。なお、大学の同級生2名は論文試験を1回でパスしましたが、よく勉強しており、よくできる人でしたし、両名ともに検察官になりました。

私は、択一試験に合格したことがこの年の収穫で、論文試験の結果は嫌でも分かっていましたから、クーラーがなくて、熱風を送ってくる扇風機しかない下宿を避け、大学の図書館で適当に勉強してから、銭湯が開く時間になったら勉強をやめて銭湯に行き、その帰りには、西友の裏にあった馴染みの「スリー食堂」に寄って一杯やっている日々が続き、その食堂のテレビにかじりついていました。ただ、食堂が盆休みの間は、西友の電化製品の売場でテレビを観ていたように思います。


最後に、私もお盆休みモードに入りました。私のお盆の予定ですが、先頃虫垂炎の手術をした同期は傷口が化膿して術後の経過が芳しくないため、お盆の間に1泊2日できちんと手当をするかもしれません。そうなった場合で、かつ、私自身のCT検査結果に不都合がなかったときは、再びプリンを持って入院中の同期を見舞う約束をしました。
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平成25年5月、アメーバ・ブログから引っ越してきました。役に立つことも、役に立たないこともマイペースで書いています。日記のような感じでしょうか。

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