Entries

県警柔道・剣道大会を見学してきました

昨日、県警柔道・剣道大会を見学してきました。帽子をかぶり、サングラスをかけて、自転車に乗って会場まで来たのが私です。


私は、大都会や西部警察といった刑事ドラマが好きで、一時期は警察官になろうと思ったことがありましたが、柔道、剣道をしなければいけないので、警察官は諦めました。


警察学校で中堅幹部を相手に捜査について講義をしたことがあります。その際、中庭を機動隊用のフル装備をした生徒が隊列を組んで号令をかけながら走っているのを見て、警察官にならなくてよかったと思いました。「この訓練を経験したから、仲間意識ができるんですよ。」と言われましたが、とても私には無理でしたね。


昨日の大会では、警察学校チームの応援が一番力が入っていました。また、剣道では上段の構えの人が結構いらしたのですが、一人だけ二刀流の方がいらして、目が釘付けになりました。そんなに強くない(失礼)のですが、相手がやりにくそうにしていました。


最近は治安がよくなく、交番の警察官は防刃ベストを着用しています。暴漢に追いかけられて逃げる、警察官の無様な姿は見たくないものです。警察も人材を募集するためにオープンスクールをやっていることが報道されていました。公務員だから生活も安定しているだろうという、安定志向から警察官になる試験を受験するのであれば、一般の公務員を目指すべきで、道を誤っていると思います。


昔、検察官を希望する司法修習生が少なかったころ、酒でご機嫌をとり、検察官になったら、留学ができるとか、大使館勤務ができると言って、人員を確保しようとしていましたが、情けなかったです。警察官、検察官に必要なのは素朴な正義感であり、仕事の魅力をアピールすべきです。


何かの縁で私が担当することになった被疑者、被告人は、これを機会に更生してくれないかと願っていました。私の口癖は、「飯をしっかり食べて、夜はゆっくり寝ろ。何かの縁で俺が事件を担当するから、成仏しろ。」でした。


       

裁判員裁判について(3) 始まるまでの長い

裁判員裁判の対象事件の審理(選任手続を午前中に行い、午後から審理を開始する場合)は、裁判員候補者に呼び出し状を送付してから「6週間」を空けないといけません(最高裁判所規則)。呼び出されることになった裁判員候補者の都合等を考慮するためでしょうが、実務では、さらに1週間余裕をもって「7週間」空けています。つまり、小学生の夏休み以上の期間があるわけで、長く感じます。


公判前整理手続が終了して、新たな証拠の提出は制限されていますし、審理計画が分刻みで策定されているため、これを崩すような主張もできません。ところが、この期間内になって、気持ちが変わる被告人がいるんですね。弁護人はどうすることもできません。そういうとき、弁護人としては、問題を抱え込まず、速やかに裁判所、検察庁に連絡を入れ、状況を報告しておくだけで、気分が楽になるでしょうし、弁護人も大変だと同情してもらえると思います。


それにしても、7週間は長いですね。早く解放してほしい、赤穂浪士で、最後の方で切腹した人はどういう気持ちだったのかなと思います。   

痛風について

検察官になって半年ほど経ったころでした。当時の私は、始発電車に乗って役所に出勤し、最終電車に乗って官舎に帰って寝るという繰り返しでした。担当している事件を処理できるか不安で、売店にパンを運んでくる業者さんと一緒に役所に入っていました。


午後5時を過ぎれば、役所内でビールを飲んでも文句を言われない時代で、調べが終わると、ビールを飲みながら、中華定食を食べていました。ある日、足がつったのかなと思い、診療所に湿布薬をもらいに行ったら、血液を採取されました。診療所の先生は、その原因を察していたようです。検査の結果、尿酸値が高く、痛風であると診断されました。決して贅沢をしたわけではありませんが、不規則な生活が原因であったことは間違いありません。


そして、公判部に異動したところ、室長と妙にウマが合い、新しいビールが発売されると、必ず350ミリのものを購入して、部屋に備え付けてある冷蔵庫に補充していました。そのため、公判部でも痛風の発作が生じ、足を引きずりながら、裁判所に行ったことがありました。今で言う、反社会的勢力の組長の公判を担当していたときのことですが、組長から、足を引きずって歩いていた私は「検事さん、痛風でっか。わしも痛風持ちですわ。」と言われたことがありました。何気なく見た、その組長の首の後ろの肉がたるんでいたので、私は、「同じ痛風でも、あそこまでひどくないよな。」と自分に言い聞かせました。

 

最近では、発作が出そうになると分かります。うまく言えませんが、足の親指にある血管の中を、針を持った小さな悪魔がうごめいて、チクチクやってくれます。一旦、発作が出ると(トムとジェリーの漫画で言うと、金づちで足を叩かれて腫れ上がっている状態です。)、靴下を履くのも難儀し、痛み止めの薬を飲み、湿布薬を貼り、ひたすら痛みが引くのを待ちながら、今度こそビールを飲む量を減らそう(決して飲むのをやめようとは思いません。)と心に誓うのです。痛風とも長い付き合いになりましたね。

印鑑の重要性について

友達から「迷惑をかけないから。」と言われ、連帯保証人になってしまった、どうにかならないかといった相談を受けることがあります。中には、書類の内容を確認しないで、何の連帯保証人になったのかさえ分からないという人もいます。通常は、高い勉強料を払って頂くことになります。


新任検察官のとき、印鑑屋さんが来て、「ひとつどうですか。」と勧誘されました。私は、司法修習が終わって検察官になるまでに、教官から紙に印を押してもらって参考にし角印を作っていましたが、これを機会にと思い、丸印を1本作りました。


あくまで一般的な話ですが、検察官は起訴状の原本に署名押印する際には、角印(例えば「検事○○○○」というものです。)を使っているようです。そして、決裁を受ける書類には、丸印を使っています(ここで角印を使う人はいないですね。)。主任検察官から、(部長、)次席、検事正と印鑑が並びますが、長年使われていると、端が欠けているものもあり、歴史を感じます。最近はどうなったか分かりませんが、起訴状の写しに決裁官の印をもらわなければいけないことがあり、一旦印をもらったのに、起訴状の記載にミスがあることが判明して、もう一度印をもらいに行くときは、情けなくなりました。


印が押してあるということは、その内容を承認したということですから、印が押してあれば責任があると言えます。後で聞いていなかったという抗弁は通用しません。ところが、印が押してなく、別の決裁官が印を押していた場合は、そのことが分かった瞬間、強気になる方がいました。


ところで、私は大好きで、決裁を受けに行く度に何か一つ学んで帰らせて頂いた検事正がいらしたのですが、皆とうまくいくことはなく、相性の悪い人もいました。たしかに偏屈なところがありました。例えば、結論に満足したわけではないが、次席までがそういう結論であれば尊重しようという場合には、わざと印を横や逆さまに押してみたり、決裁に来るのが遅いとお怒りになったような場合には、苗字を刻していない方で印を押してみたりされる方でした。そのような話は私の耳にも入っていましたから、私の方から「検事正、横向きで結構ですから、印を下さい。」とお願いすると、頷きながら、きっちり印を押して下さっていました。しかも、この検事正は達筆でしたね。


また、他の機関には、検察官は角印を持っているものと信じているところがあり、照会文書に丸印を押して出したら、これはおかしくないかと疑問を持たれてしまい、再度、検察官の丸印のほか、検察庁の庁印(これは角印です。)を押して、照会をかけることもありましたね。


お世話になった何人かの方には、お別れの際に角印をプレゼントさせてもらいましたが、今でも使って頂いていると信じています。

窃盗の無罪判決(金沢地裁)について

9月1日、金沢地裁で、窃盗で裁判を受けていた男性に無罪判決が言い渡されたと報道されています。


司法修習生になって、初めて検察の講義を受けたとき、犯人違いと不当勾留は絶対にダメと教わりました。どんなに立派な理論を構築しても、犯人が違う、つまり、「被疑者と罪体との結びつき」がないとなれば、お話しにならないのです。


そして、前記修習の終わりには、酔っぱらい同士の傷害事件(出来れば、1対1ではなく、何人かが入り乱れての喧嘩)と非現行の窃盗事件をやって、事実を認定する能力を磨いてくるよう指導されました。前者は当事者が犯行の状況をよく憶えていないため、怪我等の客観的な証拠、利害関係のない目撃者の証言等から、事実を認定する能力を身につけよという意味です。後者は、いわゆる秘密の暴露(捜査官が知らず、被疑者の供述があって裏付けをとった結果はじめて明らかになった客観的な事実と言えるでしょう。死体遺棄であれば、被疑者が死体を遺棄した場所を供述し、その供述にしたがって死体が発見された場合が分かりやすいと思います。)をとれという意味です。決裁官の中には、非現行の窃盗について、裁判になったほとんどのケースを無罪にする自信があると豪語された方がいました。


今回の事案は、まさに非現行の窃盗の事案です。しかも、男性は一貫して事実を否認していたとなっています。自白事件であっても、自白を除いて被疑者が犯人であるとする証拠があり、それが信用できるか吟味します(そういう癖をつけます。)。したがって、決裁を受けるにあたって、証拠関係を聞かれた場合、最初に「被疑者の自白があります。」と言ったら、失格です。今回は、前述の通り、否認事件である以上、自白を除いて、「被疑者と罪体との結びつき」を認める証拠は何だったのかが問題になりますが、恐らく防犯ビデオに映った映像が決め手ということになるのでしょう。他にも怪しいところはあったかもしれません。


しかし、どんな言い訳をしてみても、弁護人が「耳の形が違う。」と指摘して無罪の主張ができたのであれば、警察、検察も同程度の問題意識をもって臨むことができたはずです。これから、検察庁では、事ある度にこの事例が引き合いに出されるはずです。今でもぼろくそに言われているはずですが、起訴した検察官、決裁をした上司(検事正は近いうちに退官されるかもしれませんから、特に次席検事ですね。)が嫌な思いをするであろうことは、検察庁の体質から容易に想像できるところです。

傷害事件(和歌山地検)について

9月2日、和歌山地検の庁舎内で、検察官が被告人の父親から包丁で切りつけられて怪我をしました。幸い検察官の怪我はそれほどのものではなかったようですが、犯人を取り押さえたのが、居合わせた司法修習生となっており、最近は司法修習生という言葉をよく耳にするなと思われる方が多いと思います。


こういう事件が起こると、人の心が荒んでしまったなと思えてなりません。司法制度に暴力で挑戦した被疑者には、相当の期間刑務所に服役してもらう必要がありますが、こういう被疑者は、出所してもまた同じような事件を起こすかもしれません。


検察官は忙しいです。世の中、いい人ばかりだったら、検察官は暇です。しかし、普通は身柄事件の処理に追われ(念のために書いておきますが、身柄事件も1件だけ抱えているわけではありません。)、やっと処理できるなと思ったときには、次の事件がきます。上司は、どの検察官が、どういう事件を担当し、それがいつ処理できるか把握しています。さらに、在宅や、起訴した被告人の余罪の事件も処理しなければいけません。


今でも忘れられないことは、追起訴が公判に間に合わず、公判が空転し、公判を担当していた検察官から怒鳴り込まれたことです。検察票には、これ見よがしに「空転」という文字が書かれていました。公判だけを担当していても、次から次に起訴された事件の記録が持ち込まれ、証拠を整理するのも大変です。したがって、午後5時で帰るのは無理で、深夜まで仕事をし、土曜、日曜であっても役所に出ることが多いのです。その意味では家族を犠牲にする仕事であり、検察官を目指す方は覚悟をしておいて欲しいです。


しかし、命をかけてまでする仕事ではないと思います。


今後、庁舎の警備のあり方が議論されるはずです。昔とは違うという発想が必要でしょう。


私は検察大好き人間です。したがって、誉めるときは誉めます。しかし、現実も知っています。検察が間違ったことをしたら、当然、辛口の批評にならざるをえません。検察に対する淡い理想を大事にされる方は、私のブログを読まれない方がいいと思います。

吉田類の酒場放浪記について

「吉田類の酒場放浪記」という番組を御存知でしょうか。


高知県出身の酒場詩人である吉田類さんが、酒場を巡ってレポートする番組で、BS-TBSで放送されています。時間帯は変わりましたが、現在は月曜の夜9時から1時間枠で放送され、1件は新しく開拓した店を紹介し、3件は再放送というパターンになっています。


吉田さんは、最後に「もう1軒行きますね。」と言って(すんなり帰りますと言ったのは数回しかないと思います。)、酒場を後にし、用意されていた俳句が画面に流れるのです。たしかに15分番組1本を撮影するために1日を費やすのも無駄ですし、次の店に行ったときから、吉田さんの呂律が回っていないことがあるので、はじごしているに違いありません。


一般の方にも知れわたったのか、料理をおすそ分けしてもらって、酒を飲み、いい気分になっている吉田さんを見ていると、「酒を飲んでお金がもらえていいなあ。」と思う反面、「痛風にならないのかな。」と心配しています。なお、私は、この番組で、ホッピーを知りました。


マクドナルドのフードストラップのところで触れましたが、私は、この番組がお気に入りなので、「予備」のDVDを作製しています。つまり、15分フルの内容で綴ったDVDと、いきなり酒場に入るシーンからの内容で綴ったDVD(短縮版と言えるでしょうか。)を作製し、楽しんでいます。これだけ楽しみにしているので、地震速報が流れたりすると、がっくりですね。


最初のころに比べると、吉田さんも歳をとりました。これからも元気で頑張って欲しいです。本や正規のDVDも発売されていますので、御存知ない方はちょっと時間を割いて頂くと、吉田ワールドに引き込まれると思います。


段落を変えたら、1字分下げて書き始めるのが文章作法なのですが、うまくいかないことが多く、難儀しています。その程度のことがうまくできない、おっさんと思って下さい。字のサイズを大きくするのも一苦労でした。今後は、1字分下げないということで統一させて頂きます。

犯罪被害者・遺族について

今回は、あえてタブーとされている感がある犯罪被害者・遺族をめぐる問題について、私見を書かせてもらうことにします。


検察官は公益の代表者であり、検察官には、「国民は俺たちに処理を任せておけばいい。」という驕りがあったことは事実でしょう。しかし、①子供さんが交通事故で亡くなった事件の処理に不手際があったこと、②弁護士が犯罪による被害者遺族になったことから、事態が変わっていったと思います。


たしかに、前者は子供さんが亡くなっているのに、親御さんの心情を十分酌み取ることなく、年末未済の処理の一環として扱ったと思えましたし、後者は、発言すればそれなりに影響力がある弁護士が遺族となったわけですから、犯罪被害者遺族の気持ちを自分の体験として話せることは大きかったはずです(ただ、この弁護士が刑事の国選弁護をどれくらいやられていたかは分かりません。)。


そして、最近の世の中の傾向ですが、振り子が振れた場合、余りにも逆の方向に振れすぎるような気がしてなりません。犯罪被害者・遺族の保護に関する法律が制定されました。


法律家は証拠の世界に生きています。


検察官は、悪質な死亡事故を担当する場合、何とか起訴して被害者の無念を晴らしてやるんだという気持ちで、事件の処理にあたります(この気持ちは警察官でも同じだと思います。)。しかし、検察官は、証拠を検討した結果、起訴できないとなり、涙を流していました。遺族の中には、人が亡くなっているのだから、何らかの不注意があったはずで、起訴するのが当たり前だろうという考えがあり、それは遺族だから仕方がないのかもしれませんが、しかし、法律家には証拠があるかどうかが勝負です。したがって、駅前で署名集めをされて、これを検察庁に持参されても、お預かりするのが限度です。まず、事実認定をし、適用すべき法令を検討した上で、起訴することになって、その後で情状について吟味します(募金集めに関する最高裁判所の判例を検討したことがありますが、決して矛盾はしていないと思います。)。署名集めの結果は、情状に影響することなのです。


私は、先輩から、「被害者が亡くなっている場合は、どういう検察官が処理にあたっているか分かってもらうために、遺族に来てもらえ。そして、それまでの思い出、これからの夢を語ってもらえ。調書にしなくてもいい。」とアドバイスを受けたことがあります。通り魔事件を担当した際、そのアドバイスを忠実に実践しましたが、その事件の内容が活字になっているのを見ると、検察官が説明の際に使った法律用語はデタラメですし、遺族の話を鵜呑みにしているだけで嫌になりました。


検察官は、存在する法律を適用する行政官であり、法に書いていない処分をすることはできません。遺族が希望する内容を実現するのはまず立法の問題であり、国会に訴えて法を変えてもらわないといけません。そのため、現在の法律に不備があり、残念ながら、そのために犠牲になる方(私は、「人柱」という表現をしました。)が必要なのです。その人柱があったおかげで、法律は変わりました(例えば、危険運転致死傷罪が創設されたり、自動車運転過失致死傷罪が創設されて法定刑が引き上げられました。)が、犯罪被害者・遺族が求刑をすることを認めたことについては、法務省、検察庁の頭の中が理解できません。それでガス抜きをしようと思ったのかもしれません。しかし、求刑は公益の代表である検察官のみが行うべきものであると確信しています。


ところで、司法修習生のころ、小学生のお子さんが亡くなった交通事故の裁判を傍聴したことがあります。被告人は二十歳過ぎの若者でした。遺族の方が作成された「朝、元気に行ってきますと学校に行ったのに、帰ってきたら、冷たくなっていた。短い人生だったが、人生70年生きたときに経験する喜びと悲しみを経験してくれたと思う。他の人に比べたら、10分の1にも満たない人生であったことが悲しい。しかし、こういう事故を起こしたことを背負って、これから生きていく被告人も辛いだろう。子供のことを忘れないでくれたらいい。厳しい刑は望まない。」旨の書面が朗読され、涙が出たことがありました。


今の仕事に就いて、不本意ながら、何回か交通死亡事故の被告人の弁護を依頼されたことがあります。遺族からすれば、殺人であろうと、交通事故であろうと、愛する家族が亡くなったという点では同じでしょう。私は、憎い被告人の弁護を担当する者として、現場に花を供えさせてもらったり、お宅にお邪魔させて頂いて線香を上げさせてもらって、弁護をすることになった旨報告させて頂くようにしています。お宅にお邪魔した場合、お茶は辞退しますし、座布団も遠慮します(客ではないのですね。未熟なとき、堂々と座布団に座っていたことがあり、後で恥ずかしくなりました。ただ、足がしびれて、いざ帰ろうとなったとき、歩かなくて情けなかったです。)。保険会社に任せ、謝りに行かない被告人であれば、叱り飛ばしています。また、遺族が傍聴されていても、亡くなった被害者に落ち度がある事案であれば、きちんとその点を指摘します。それが、私のやり方です。



ただ、私の家族が犯罪で命を落とした場合も、同じ事が言えるかどうか疑問です。なぜなら、私は、それほど出来た人間ではないからです。

風呂敷について

法律家は風呂敷を利用しています。特に検察官が公判のために裁判所に行く場合、証拠とすることに同意された記録は裁判所に置いてきますから、風呂敷を使うと帰りが楽です。大量の証拠を持って行き、帰りは楽をしようと思っていたら、弁護人が証拠の認否を留保したため、そのまま検察庁に持って帰ったこともありました。


私は受験生のとき、検察官が風呂敷を使っているのを見て、憧れの職業の人の真似をしようと思い、紺色の風呂敷を購入し、基本書や六法を包んで持ち運んでいましたが、記録を裁判所に置いて帰る検察官とは異なり、いつも重くて大変でした。


実務家になってからは、通勤の際も風呂敷を使っていましたが、ある日、何回か通って顔見知りになった食堂の大将から、「呉服屋さんですか。風呂敷なんか使われて。」と聞かれたことがあります。餃子を1人前頼んでこれを食し、ビール1本を飲んで帰る男が、本当に呉服屋さんに見えたのか、あるいは「仕事は何をされているの?」とは聞きづらくて、呉服屋さんを例に出されたのかもしれません。私が、名刺を差し上げたら、大将は妙に納得されてました。


私は手持ちの風呂敷が増えましたが、今でも、このときの風呂敷を利用しています。あこがれの検察官が使っていた風呂敷に似た物を、店員さんにイメージを伝えて探してもらって購入したのですが、よく見ると「春夏秋冬」と書いてあります。憧れるものがあるというのはいいことです。そう言う自分の人生は冬に入ったかなと思います。

恐妻家について

恐妻家の夫を特集した番組をよく目にします。芸人さんの場合は、笑いをとるために少々大げさに言っているのかと思わせる人もいます。


昔、恐妻家の先輩がいました。


立会事務官がいるのに、自分でワープロを打って調書を作成していました。午後5時になったら、役所から姿がなくなっていましたので、仕事ができる人だなと感心していたら、実は恐妻家でした。帰りが遅くなったら、奥さんから役所に電話があり、場合によっては次席に夫を早く帰すよう訴えたということもあったようです。ただ、年度末に行われる泊付きの懇親会のときは、さすがに奥さんも仕方がないと思われたのでしょうが、奥さんからの電話もなく、その先輩は嬉しそうに酒を飲まれていましたので、本当はこういう雰囲気が好きな方なんだと思ったものです。その後、異動があり、風の噂で単身赴任されたこと、生き生きとして酒を飲まれていることを耳にしました。


その先輩はよく笑い、時間があれば、部屋を覗いた私の相手をしてくれました。その話が本当なのか疑わしいのですが、暴力団の組長の事件について話してくれたことがあります。子分がへまをしたので、指を詰めさせたことが事件になっていたようです。先輩が話してくれた内容ですが、「いいか。指を詰めたら、指は生えてこないだろう。ヤクザをやめて頑張ろうとするときに、指がなかったら、妨げになるやろ。つまり、指を詰めるのは殺人と等しいわけや。ただ、死んでないから、殺人未遂やな。だから、傷害事件として送られてきても、殺人未遂のつもりでやったわけだ。当然、求刑も重い。そうしたら、裁判所もついてきて、傷害事件としては相当重い判決になったが、組長は泣いて喜んだわけだ。」というのです。


昔はこんな型破りな検察官がいました。でも、恐妻家だったんですね。

Appendix

アクセスカウンター

フリーエリア

Extra

カレンダー

08 | 2010/09 | 10
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -

最新記事

カテゴリ

検索フォーム

QRコード

QR

天気予報


-天気予報コム- -FC2-