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マクドナルドのフードストラップについて

集め始めると、すべて揃えないと気が済みません。6種類ありますが、単品で購入していると、どうしても重なってしまいます。特に、ハンバーガーとそうでないものとは、店員さんが握って目の前に出した瞬間に判別できます。種類を選ぶことができないことになっていますが、思わず、女性の店員さんに「昨日もそれでした。」と言ったら、交換してくれました。私の人相が悪かったのかもしれません。それでも6種類を揃えるのは大変です。特に、ポテトを食べるのに苦労しました。


昔、仮面ライダースナックをおまけのカード目当てに箱ごと購入し、お菓子は捨てたことがありました。生徒会長に立候補したら、「この人はお菓子を捨てています。」と言われました。


今回は足りないものは、オークションで入手しました。それから、予備として6種類の限定セットも購入しました。「3980円」となかなかの値段でしたが、ケースに入っているので、これはこれとして大事にしようと思っております。皆さん、予備を持っておきたい私の気持ちを理解して頂けるでしょうか。


普通、この仕事(?)をしていると、仕事場は本がたくさん並んでいるはずなのですが、本棚はおまけで一杯です。 

裁判員裁判について(1) 命の大切さ

今日は、ちょっと真面目なことを書いてみます。裁判員裁判が始まって1年以上経過しました。皆さんは、どういう感想をお持ちでしょうか。


実際のところ、熾烈な争い方をする事件の審理はまだのようですし、死刑が求刑された事件もありません(裁判所は、検察官の求刑に拘束されることなく、死刑の判決をすることができますが、そこまで勇気がある裁判所はないと思います)。犯人が捕まった直後は、新聞、テレビで取り上げられない日がなかったような事件も、裁判員裁判を始める前になされる公判前整理手続で止まっているようです。したがって、これらの事件や本気で死刑が問題になる事件も、いずれはこれまで裁判とは無関係の生活を送ってこられたと思われる裁判員の方々を悩ませることになるでしょう。


裁判員の皆さん、悩んで下さい。人の命が絶たれ、人の一生がかかる裁判に携わっておきながら、悩まない方がおかしいと思います。人の一生は、どこで歯車が狂って予想外のものになるか分かりません。私の口癖は、「この世に生を受けた証を残せ。」ということです。


残念ながら、命が軽く扱われる世の中になっています。裁判員裁判の中には人の命と関係のない事件がありますが、裁判員になられた方は、その経験を生かし、裁判の難しさ、命の大切さを語って頂きたいと思います。

裁判員裁判について(2) 死

故意の犯罪行為によって人が死亡した場合、法定刑に無期懲役・禁錮刑以上の刑が含まれている場合に裁判員裁判の対象事件になります。したがって、前者の場合には、裁判員は被害者の死亡という現実に直面し、検察官から提出される死体の状況や解剖の状況に関する証拠を検討せざるをえないと思います。


もちろん、これによってショックを受けられる(一生続くかもしれません。)裁判員がいるはずで、どうやってケアするか検討する必要があると思います。現在は、そこまで手が回っていないというのが実情であり、今後、制度のあり方を検証する際に、当然、議論する必要がある問題です。



ただ、最近の日本人は、「死」という問題が身近なものでなくなったような気がしてなりません。親族の死に直面して、真剣に死について考える機会が減っていると思うのです。自分の意思で、この世に生を受けた方はいませんが、自分の意思で、命を絶つ方がいらっしゃいます。自分の意思とは無関係に、犯罪によって命を絶たれる方がいらっしゃいます。


そして、その死が犯罪に起因するものかどうか明らかでなければ、通常は解剖されます。これまでの日本は解剖の件数が少なく、解剖しなかったために死因の究明に支障を来したことから、今後は解剖の件数は増加するはずです。裁判員は、場合によっては被告人に死刑の判決を下す事件に関与することになっています。その職責を果たすことが予定されている現行の裁判員裁判制度の下では、裁判員には死体の写真、解剖の写真を見て頂く必要が生じます。そのことによって、死を考えるとともに、被害者の無念さを知ることにつながると思うのです。



裁判員裁判が始まって少しの間は、対象となる重大事件が起きない感じがしましたが、残念なことではあるものの、最近は頻繁に起きていますね。特に親族間での事件が増えたような気がします。そして、裁判員裁判の問題点も指摘されています。公判が開かれないで滞留している事件が多く、裁判所はその件数を気にしています。


実際のところ、裁判員裁判ではなく、以前の裁判官だけの裁判であれば、早々と判決が出ていたであろう事件が、裁判員裁判になったばかりに、公判前整理手続に手間取り(検察官の証拠開示が遅い。余罪がある場合、すべての事件が起訴されないと証拠を開示しない。)、時間を要しているケースがあります。とにかく早く処理すればいいという発想だけは捨てて頂かないといけません。裁判員裁判が日本人に向いていないということであれば、早く止めたらといいと思います。性犯罪を対象にするのはおかしいということであれば、対象から外せばいいと思います。被告人に裁判員裁判を受けるかどうかの選択権を与えることも検討すべきでしょう。



いずれにしても、私は現在の裁判員裁判が何も問題を抱えていないとは言うつもりは毛頭ありません。否、いろいろと問題を抱えているというのが事実です。



司法試験について

今回は司法試験について思うところを書いてみます。


今年限りで(旧)司法試験は終了しました。来年からは、ロースクールの卒業生を対象とした新司法試験のみが実施されます。私にとっては、なじみ深い(旧)司法試験が終了し、複雑な心境です。


新司法試験の論文試験の問題を見ると、その長さに驚かされます。読むのに疲れます。したがって、体力勝負のところがあります。しかも、答案用紙に書ける分量が増えたわけではありませんので、いかにまとめるか、言い換えると、何を書かないかが重要な問題になると思われます。



ところで、司法試験を受けていると言えば、それだけですごいなと思われることもありますが、「受ける」と「受かる」とでは大きな違いがあり、実際に答案練習会の答案を添削していると、この人は合格しないなと思う人がいます。


答案の書き方が分かっていない人は、それを身につければいいのです。知識が足りない人は、知識を身につけてくれたらいいのです。大事なことは、司法試験に合格するには何が要求されているかを研究し、無駄なことをしないことです(学者になるための試験ではありませんから、いろんな説を憶えるのは無意味です。)。それから、人のアドバイスを素直に聞くことも重要です。何度注意されても、同じ間違いをしている受験生がいますが、こういうタイプは合格しないと思います。例えば、「句読点も文の一部ですから、はっきり書きましょう。」と注意しても、そんな簡単なことさえ直せない受験生がいるのが現実です。



そして、幸いにも司法試験に合格した場合でも、その人の人間性が評価されたわけではないことを肝に銘じる必要があります。お恥ずかしい話ですが、弁護士は、時間にルーズです。そういう弁護士は、「先生」と呼ぶに値しないと思っています。


司法試験に足を突っ込んだ以上、合格しないと悲劇です。昔、司法試験の合格には遡及効があると書いてある本を読んだことがあります。この暑い時期は勉強する気にならないと思います。無性に勉強がしたくなる時期が来ますので、そのときは頑張って下さい。



私の好きなドラマに「教師びんびん物語Ⅱ」というのがあり、田原俊彦さんが扮する先生が言っていました。「自分を信じ、自分の夢を信じろ。お前たちに不可能なことは何もない。」と。







【教師びんびん物語Ⅱに関する記事】

http://ameblo.jp/ogmomo/entry-10843588652.html  

法科大学院について

先日、法科大学院の授業を見学させてもらいました。


積極性が足りないなと思いました。出された課題に取り組むので四苦八苦し、それ以上のことまでやる余裕がないのでしょう。そもそも学生のレベルに合った授業内容になっているのかも疑問でした。あるいは、法律家としての資質がない人が、法律家を目指しているのかもしれません。

 

新司法試験になって口述試験がなくなりました。書面による審査だけで大丈夫かなと心配です。たしかに、人は見かけによらないものですが、初めて会ったときには、その人となりは見かけで判断することになります。そして、直感で、法律家には向いていないと思う人物がいるのも事実です。今の状況では、司法試験に合格しても、卒業試験に合格しない者が出るのは必至です。

 

疑問の子になって下さい


まず、どうしてなんだろうと考えましょう。例えば、刑事訴訟法227条による証人尋問請求というのが出てきたら、「何だ、これは。」と思わないといけません。漫然と資料を読んでいる方は、そこでアウトです。そして、同条が何のために設けられているのだろうと考え、参照条文をチェックするところまではやってほしいですね。そして、ある程度悩んだら、割り切りましょう。司法試験に合格するために必要な知識の集約に務め、論文試験に書けることしか頭に入れないことです。

 

それから、答案練習会(略して「答練」)の受け方について一言します。


問題なのはあくまでも答案の中身であって、表紙の書き方がなっていないからといって、不合格になるわけではありません。しかし、答案用紙の表紙の必要事項を書いていなかったり、自分の名前を殴り書きしているような答案の中身は一般的に出来が悪いのです。合格を実感できるところまできていると思われる受験生は、答案用紙の表紙もきれいに書いてくれています。その答案1通によって自分の一生が決まると考えれば、丁寧に書くはずですし、「俺は本番ではきちんと書く。答練だから、手を抜いている。」 という人間が、本番でまともな答案が書けるはずがないのです。そして、答練でいかに出来が悪くても、本番できちんと書くことができればいいわけですから、答練1回について、何か1個学ぶものがあってほしいのです。そうすれば、合格は時間の問題となります。法科大学院を修了後、5年以内に3回しか受験する資格がないようですが、普通は合格するのではないでしょうか。

 

私は、ロースクールというと、「LOW」スクールを連想してしまいます。 


弁護士の逮捕について

弁護士が自動車運転過失傷害と道路交通法違反(酒気帯び、ひき逃げ)で逮捕されたニュースが出ていました。しかも、知人の検事に付き添われて警察署に出頭したとのこと、情けない限りです。


昨今、格差が縮まり、誰もが大学に進学する時代になりました。しかし、勉強だけがすべてではありません。勉強が嫌いでも、手に職を付けたいと思えば、中学を卒業して職人になればいいのです。高校を実質義務教育化するために高校の授業料を無償にするなどもってのほかの話で、もっと税金の使い道を考えた方がいいと思います。


ところで、昔は、学校の先生、警察官は恐い存在であり、学校の先生に子供が叱られたとしても、それは親のしつけが悪いということだったと思います。しかし、最終学歴が一応大卒の親(大学には遊びで行った親)が、学校の先生を敬う気持ちを忘れ、権利ばかり主張する世の中になりました。また、学校の先生、警察官が不祥事を起こし、マスコミに取り上げられない日はないと言っても言いすぎではありません。弁護士の不祥事も目に付きますね。そして、日本人は「」という言葉を忘れてしまいました。


前述の逮捕された弁護士は、交通事故を起こしながら逃げた理由について「資格を失うのが恐かった。」と言っているようですが、資格を失うのは当たり前で、酒を飲んだら車を運転しないという最低限のルールを守ることができなかった自分を恥じる気持ちがないといけません。司法試験に合格し、家族も喜んでくれたはずですが、名前まで出てしまっては、家の恥です。



昔、「法曹を志す人々へ」という本を読んだことがあります。


その中に「権利を主張する前に、義務を履行せよ。」という言葉があり、感動しました。私は、今でも、この言葉を自分に投げかけています。それから、大学で授業を受けているとき、派手な格好をしている女子学生を見て、教授が「学生がホステスをやっていると思ったら不謹慎なことをとなるが、考え方を変えて、ホステスが大学に来ていると思ったら、よく頑張っているな。いい時代になったと思える。」と言われていました。


そうすると、今回の件は酒癖の悪い男が、弁護士だったということになりますでしょうか。 

ヘリコプターの墜落事故について

一昨日、ヘリコプターが瀬戸内海で墜落する事故が起きました。そして、司法修習生が巡視艇で見学し、このヘリコプターは、巡視艇の司法修習生にデモ飛行を見せるために待機中、墜落したことが発表されました。


司法修習生は、司法試験に合格し、裁判官、検察官、弁護士といった実務家になるために研修中の者と理解して頂ければいいと思います。具体的な例は差し控えますが、司法修習生ならではの研修がありました。昔、客が乗っている電車を司法修習生が運転したことが発覚し、問題になったことを記憶されている方があるかもしれません。個人的には、白バイによるスピード違反者の取締や、いわゆるねずみ取りを見学させてもらえたら、弁護人がそのすごさを目の当たりにし、変な争い方をしなくなるのではないかと思います。



ところで、ヘリコプターが墜落したことは、司法修習生が巡視艇に乗船し、デモ飛行を見学しようとしていたことと直接関係があるわけではありません。問題なのは、海上保安部が、当初の会見で嘘を言ったこと(その後の訂正会見では「間違った。」と答えていましたが、これもまた嘘です。)だと思います。後ろめたいことがなければ、最初から事実を正確に発表すればいいのであって、司法修習生に対する配慮があったという説明も納得がいくものではありません。また、亡くなった方にも失礼ではないでしょうか。


私の周囲では、海上保安部が訂正会見をする前に、司法修習生が巡視艇に乗船していたことが話題になっていました。そうすると、隠そうとしても隠し通せるはずがなかったのです。そのようなことさえ見通せない者が、人の命に関わる仕事に従事していることは問題ではないでしょうか。



先日、ひき逃げ等で逮捕された弁護士についてコメントしました。飲酒して事故を起こし、頭が真っ白になったとしても、その場に車を乗り捨てて逃げても無駄ということに頭が回らなかったら、ピント外れです。


かくいう私も、バイク通学禁止であるにもかかわらず、高校にバイクで通っていて、交差点で赤信号を見落としてトラックのホイール部分に衝突する事故を起こしたことがあります。一生懸命バイクのエンジンをかけて逃げようとしましたが、エンジンがかからず、トラックの運転手が、私の胸ポケットから飛び出て道に落ちていた身分証を拾ってきてくれました。そのとき、自分は事故を起こしたら逃げる人間だなと思うと同時に、しかし、逃げてはいけないと肝に銘じました。



人間である以上、完璧なものはいません。必ずミスをします。また不祥事を起こします。そのとき、どう対処するかによって、その人間、組織の真価が問われることになると思います。 

ヘリコプターの墜落事故について(2)

先程のニュースで、行方不明だった残る1人の方がご遺体で発見されたと報道していました。ご遺体が発見されたことがせめてもの救いで、ご家族、海上保安部(以下「海保」という。)の職員は無念な想いをされているだろうなと思います。


ところで、昨夕、地検の会見があり、その内容が報道されていました。


報道をどこまで信じていいかは問題ですが、「亡くなられた方にお悔やみを申し上げます。」というところまではよかったのですが、その後、「どういう内容かは海保が設定しており、分からない。」旨述べたとなっており、これには違和感がありました。検察庁に責任があるわけではありません。しかし、そういう言い方をされると、海保が可哀想ではありませんか。場合によっては、司法修習生の実務修習に協力してくれる機関が減りそうな気がします。



さらに、気になったのは、地検が事故の状況を把握したのが遅いということです。


引率の者はいなかったのでしょうか。司法修習生の中に検察官志望の者はいなかったのでしょうか。検察官は、任された事件を処理するにあたって、狼少年にならなければいけないときがあると思います。捜査、公判にかかわらず、これは問題ではないかと思えば、決裁官に報告(あるいは、先輩に相談)し、予想外の展開になることがないようにする嗅覚が必要です。海保から口止めされていたのでなければ、私が巡視艇に乗っていた司法修習生であったとしたら、必ず地検に報告してますね。


これから、事故の原因究明がなされると思いますが、仮に、原因が究明され、ヘリコプターの乗務員に過失があったとしても、処理は「被疑者死亡」ということになります。もっとも、司法修習生のためのデモ飛行となっていますので、地検としては、上級庁に報告することになるでしょうし、司法修習生の身分を預かる最高裁判所にも経緯を報告しなければならないでしょう。しばらくの間、地検は対応に追われることでしょう。そのしわ寄せが、一般事件を担当している検察官に及ばないといいのですが…。

「おやじのヒゲ」について

知り合いの方から、内容が硬いとの指摘があり、反省しました。


「おやじのヒゲ」と言われて、すぐに分かって頂ける方がいらっしゃるか自信がありません。亡くなった森繁久彌さんが元学校の先生という設定で、竹脇無我さんが息子役(しかも弁護士で、格好いいのです。逃亡弁護士に出てくる弁護士とは違います。)で出演し、その他の出演者も見ているだけで安心する、典型的なテレビのホームドラマです。


その第1回の再放送があったとき、下宿住まいをしていた私は、室内アンテナをグリグリ回して番組を見ていました。最後の方で、教え子の女性が森繁さんに離婚することを報告するのですが、森繁さんが色紙に書いたのが「前后裁断」という言葉でした。森繁さんによると、道元禅師の言葉で、「糸がもつれて、元に戻らない。もうダメだと思ったときは、そのもつれた糸の前后を切って、また結びなさい。そうしたら、元の1本の糸になるだろう。」と言われていました。穿った見方をすると、結び目が残っており、元の1本の糸とは違いますよね。


その後、森繁さんと喧嘩して家出していた竹脇さんが、家に戻ってきて、森繁さんと一緒にビールを飲み、仲直りしようとしたとき、竹脇さんが「僕らも、道元禅師の言葉ではないが、前后裁断といこうよ。」と話を向けました。森繁さんが「いい言葉を知っているな。」と切り返すと、竹脇さんが「いやだなあ。僕が司法試験に合格したとき、色紙に書いてくれたじゃないか。」という流れでした。いい話でしょ?私は、森繁さんに手紙を書いて、色紙に「前后裁断」と書いて頂けないかお願いしようと思いましたが、あきらめました。


ところで、私は、お世話になった方(選んでますね。)に納経用の帳面をお渡しして、一言書いて下さるようお願いしています。大体の方は最初は断られますが、私が帳面を置いて帰ってしまうので、渋々書いて下さっています。そして、面白いことは、前の人がどんなことを書いているかを確認した上で、必ず書いて下さっているということです。また、珍しいことに快く引き受けて下さった方がいらしたので、不安な気持ちで返却された帳面を見ると、字が下手でした。このときは、頼まれても断り続ける勇気が必要ではないかと思いました。帳面には写真も挟んでいますが、見返すたびに昔のことが思い出されます。因みに、嫁さんは「一期一会」と書いてくれました。そのため、何かの機会に「一期一会」という言葉を目にすると、私はニヤッと笑ってしまいます。


このような私ですが、これまで何か記念に書いてくれと頼まれたことがなく、したがって、「前后裁断」と書くのも封印した状態になっています。


皆さん、嫌なこと、辛いことがありますが、「前后裁断」という考えもありますよ。やっぱり硬い話になってしまい、反省しています。

時間厳守について

定められた時間を守ることは当たり前のことですが、残念ながら、そうではない職種の人がいます。


しかし、いろいろな法律を見ても、「時間厳守」と書いてあるものはありません。それは、法律家の世界で時間厳守は当然のことだからであると思います。


例えば、検察官の場合、被疑者を逮捕勾留してもらえる時間が決まっていますので、特異重大な事件であっても、普通は最長23日で処理しないといけません。したがって、時間に追われる生活になります。民事事件でも、最近は書面の提出についてうるさく言われるようになりましたし、時機が遅れた攻撃防御方法は却下されることがあります。そして、刑事事件で控訴趣意書の提出期限を徒過したら、一発で戒の対象です。


さらに市民の皆さんが参加する裁判員裁判では、その前に行われる公判前整理手続において提出しなかった証拠は、原則として審理の際に提出できないことになっています。私の記憶では、ペルー人が子供さんを殺害した事件で、高裁は、その本国での前歴について、検察官が迅速に取り寄せを行わなかったために公判前整理手続において取調べがされていないとの理由で、証拠として採用しなかったと記憶しています。


ところが、弁護士は時間にルーズなのです。他の機関との協議会、講師をお招きしての研修であっても、定刻に始まるのは稀であり、私が講師であれば、余りにも無礼なことなので定刻に始めさせるか、あるいは帰るかもしれません。一応、「先生」と呼ばれる立場にあるのですから、時間は守りましょうと言いたいですね。なお、急用が入ったため、遅れることはあると思います。私も、あの人が遅れるということは何かあったんだなと思う人はいますが、よくよく見ていると、遅刻してくる人間は決まっています。


先だって、裁判員裁判において、弁護人の弁論の最中に、ストップウオッチをかざした裁判長がいたことが話題になっていました。その弁護人が、常日頃から時間を守らない人であったかどうかは分かりませんが、予定の時間内で弁論は終わったようです。かなり勇気のある裁判長だと思いますが、来年も同じ場所で裁判を担当しているかどうかは分かりません。


私は、そのようにストップウオッチをかざされることがないよう注意していますし、私が弁護人だったら、その瞬間、「忌避」と一言言って、けつをまくって帰ってきたような気がします。

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