Entries

人生で初めての手術(1)

私が、人生で初めて手術をしてから丁度5年が経ちました。お恥ずかしい話ですが、痔でした。


焼酎のロックを飲んでいたら、ある日、尻が痛くて我慢できず、恐々触ってみたら、いぼ痔でした。保育園の運動会で鉄棒にお尻を押しつけてへっこまそうとしましたが、それほど小さいものではなかったです。いきなり肛門科に行くのは恥ずかしいですから、嫁さんに薬局に行ってもらって座薬を買い、これを使ったものの、効果が表れませんでした。


ついに新聞に広告を出していた、家から比較的近くにある肛門科に行ったのです。怪しいほど愛想がいい先生が出てきて、「切ったら、1週間ね。手術した日から座って御飯を食べられます。」と言われました。しかし、すぐに手術をする決断ができず、とりあえず、薬をもらって様子を見ることにしました。


ところが、もらった薬を飲むとじんま疹が出ましたし、肝心ないぼが小さくなる気配がなく、医師からは「あのとき手術をされてたら、もう退院でしたね。」と言われ、嫌だなあと思いつつ、手術をすることにしました。


知人からは、「痔の手術で死ぬ人はいないから。」と慰められましたが、「痔の手術で死ぬ思いをすることになる人」がここにいたのですね。

人生で初めての手術(2)

手術当日の午前中は、ペットボトル入りの下剤を溶かした水をたっぷり飲まされ、出すものを出して、手術の番が来るのを待ちました。3人ほど手術をしてもらう患者さんがいたと思いますが、待たされると悪いことばかり考えるので、最初に手術をしてもらいました。


腰に数回麻酔注射をされると、ヘロヘロになりました。手術台に乗ると、それまでと違って出産のように足を上げるような体勢をとらされました。そして、手術のときになって、先生が「でかいなあ。でかいよ。」と言うのです。つまり、私のいぼ痔がでかいと驚いているのです。耳はちゃんと聞こえていますから、今さらそんなことを言うなよと思いました。


手術は無事に終了しました。しかし、この病院にはエレベーターがなく、上の階まで看護師さん2人(女性)に助けられて階段を上がり、個室に入りました。そして、「翌日の昼までに尿が出ない場合は、カテーテルを突っ込んで強制的に尿を出します。」と言われました。私は、覚せい剤を使い、警察から「小便を出せ。」と言われているのを拒否している人間ではありません。尿が出るかどうか心配になりました。


この病院は食事がおいしかったです。記念になると思って写真を撮っています。ただ、食べると、出すものを出さないといけなくなるため、食欲がありませんでした。トイレに行くと、麻酔が効いていて全く小便が出る気配がありませんでした。恐る恐るオムツの中を見ると、当然のことですが、血が出ていました。


点滴をして水分をどんどん補給したおかげで、翌日の昼前には小便をすることができました。それから、便を柔らかくする薬をもらって飲んでいました。夕方、一般外来の患者さんの診察が終わるころ、先生に術後の患部を診てもらうため、1階の診察室に向かったところ、診察室前から患者さんが数珠繋ぎになっていました。しかも、歩き方から見て、手術から日数が経っていると思われる患者さんが口にしていたのは、手術してもう20日ほどになるということでした。話が違っているのではないかと思いました。手遅れでした。


これから、地獄を見ることになるのでした。

人生で初めての手術(3)

手術した日から6日目の朝のことです。本来なら、そろそろ退院のことを考え始めていたはずです。それまでに見舞いに来て下さった方も、そのつもりで帰って行かれてました。しかし、トイレに行くと、ひどい出血でした。看護師さんに報告し、先生が来られるのを待って診察室に入りました。


そこで私を待っていたのは、ガーゼを肛門に突っ込んで止血するというものでした。医療用具でガーゼを掴み、一気にガーゼを突っ込まれると、不覚にも私は気を失いました。「出血で貧血だったのではないですか。」と言われましたが、余りの痛みで気を失ったのです。正気に戻った私を看護師さん数名で部屋に連れて行ってくれました。先生は、「部屋の方で診察するので降りてこなくていいですよ。」と言われていました。男を病室まで運ぶのが大変だったのでしょうが、この病院にエレベーターがないのが間違いだったのです。


その後、肛門に突っ込んでいたガーゼを引き抜くときも、その痛さは尋常ではありませんでした。入院期間が延びている他の患者さんが、退院したら弁護士に相談しようと言っている声が聞こえてきました。完全に食欲がなくなりました。


さらに、手術から8日目の午前中ですが、点滴をしてもらっていたら、妙に腹が張ってきました。点滴の最中でもトイレに行こうかと迷い、お尻を触ったら、血だらけの状態でした。ブザーを押して看護師さんに来てもらいました。ベッドのシーツにまで血がにじんでいました。着替えを持ってきてくれたのか、嫁さんも病室にいました。一瞬ホッとしました。しかし、この状態を見た先生は、午後一番で止血の手術をすると言いました。午後までは時間がありました。このまま、この病院にいたら、死ぬのではないかと思えてきました。そのため、嫁さんや看護師さんに隣の病院に連れて行ってくれるよう、何度も訴えました。


やっと担架に乗せられ、看護師さん(すべて女性です。)や嫁さんが担架をもって、ゆっくりと階段を下りていき、途中で入院している患者さんも手伝ってくれました。一階からはストレッチャーに乗せられて隣の病院の一階にある救急処置室にまっしぐらでした。


後から聞いた話ですが、運んでくれた看護師さんの中に涙ぐんでいる人がいたそうです。これで何とか命だけは救われたと思いました。嫁さんに、仕事の予定の変更等について指示していると、救急の先生が出てこられました。


しかし、これでは終わりませんでした。

人生で初めての手術(4)

いきなり手術についての同意書を書かされました。そんな書面があっても、医師として当然果たすべき注意義務違反があれば訴訟になることは分かっているのに、その一筆が欲しいのですね。


そして、始まったのが内視鏡による検査(手術)でした。麻酔を鼻から吸ってフワーッとなりましたが、意識はありましたから、先生の会話は聞こえていましたし、上半身を少し起こしたら、内視鏡カメラの映像を見ることもできました。


私が一番気になったのは、いぼ痔の手術で患部を切っていた以上、普通はそこから出血したと考えるはずであるのに、先生同志の会話を聞いていると、出血の部位が見当たらないと言っていたことです。「よく診てくれよ。」と思いました。


そして、気がついたら、ICUにいました。主治医の説明では、出血の部位が分からず、とりあえず食塩水で止血した、出血が多く、血圧の低下が認められたので、念のため、ICUに入ってもらった、輸血と昇圧剤で様子をみるとのことでした。キョロキョロ見渡すと、私が一番元気がありました。救急搬送されたものの、治療の甲斐がなかったと思われる方の家族の悲痛な声が聞こえてきましたし、ずっと答えはないのに、一生懸命話しかけている声が聞こえてきました。


裁判所の予定をキャンセルするため、診断書をとってもらったら、「痔核手術、出血性ショック」となっていました。ICUは家族との面会時間も決まっており、時間が経つのがゆっくりだったのですが、看護師さんがよくして下さったおかげで、非常に居心地がよかったです。ただ、尿瓶に排尿し、看護師さんに渡すのが恥ずかしかったです。


また、他にも予定をキャンセルしなければいけないものがあり、事務一人では大変だと思って、会に報告して手伝ってもらうよう指示したところ、私の容態が知り合いにまで伝わったのですが、一様に不思議がっていたそうです。「あいつは、たしか痔の手術で入院したはずなのに、どうしてICUにいるんだ?」と。それは、私にとっても疑問でした。

人生で初めての手術(5)

ICUでの生活も2日目になると、ひたすら寝ているだけなので飽きてきました。食事はなく、ずっと点滴を打ってもらっていました。ICUで勤務している看護師さんは、点滴一つとってもプロでした。私のように細い血管でも1回の注射で見事に針が入っていました。また、寝たきりの人の体の位置をずらさせて、着替えをさせたり、体を拭くのも手慣れておられ、いい経験になったと思っていました。


ICUでの生活3日目の午前中、内視鏡検査をしてもらい、出血がないことを確認し、一般病棟の個室に移りました。ICUを出て行くとき、看護師さんに「お世話になりました。」と御礼を言ったのは当然のことでしたが、「また戻ってくるかもしれません。」と言ったのが余計でした。


一般病棟に移った翌日から、おかゆが出るようになりました。それから3日後の夜、おならをしたので、オムツを確認したら、鮮血が付いていました。また、どこからか出血しているのかと心配になり、先生に相談すると、主治医の顔を曇りました。私はそれを見逃しませんでした。軟膏を塗られると、傷口がズキズキ痛みました。


その翌日の深夜、また、地獄がやってきました。何となく腹が張っている感じがして、睡眠導入剤を飲んでも効果がなく、トイレに行ったところ、バズーカ砲を発射するような感じで出血し、便器が血の海になりました。駆けつけた当直医の先生が、止血しようとして、数日前に私が気を失った、あのガーゼを突っ込む方法を準備していたので、「それだけは勘弁して下さい。この前、気を失いました。他に方法はないのですか。」と言ったら、風船を膨らませる方法で、とりあえず止血してくれました。「主治医の先生には来てもらえないんですよね。」と聞いたら、日付けが変わった深夜でしたが、連絡をとってくれて、主治医の先生が来てくれました。


そして、また、内視鏡検査が始まり、「今度は出血している部位を見つけて、ホチキスのようなもので止めたから。」と言われました。最初のときに、その言葉を聞きたかったですね。気がついたら、また、ICUに戻っていました。ICUの看護師さんが、「また、来たの?」とあきれてました。一般病棟の看護師さんが、朝出勤すると、病室に私の姿がなく、パソコンで調べたら、私がICUにいることが分かったと後で教えてくれました。結局、合計で約2リットル輸血されました。


嫁さんに、「本当に痔で入院しているのか、何か隠してないか。」と確認しました。今回は、さすがの私も気が弱くなり、嫁さんに実家に連絡してもらって、両親に来てもらいました。両親に哀れな姿を見せてしまったので、涙が止まりませんでした。


2日後、ICUから一般病棟に移りました。今度は余計なことは言いませんでした。


保育園に通っていた長男が「パパがいない。」と言って泣き、保育園の先生から、嫁さんが事情を聴かれたのも、このころです。

人生で初めての手術(6)

入院生活が約1ヶ月に及び、その間いろいろなことがあったため、大作になってしまいました。知り合いからは「リアルである。」と言われたり、「こんなことがあったのですか。」と驚きと同情のコメントを頂きました。


この入院生活の総括は最後に行いたいと思っています。話を続けます。


ICUを出て個室に入ると、不愉快なことが2つありました。


まず、看護師が、いきなり「医療過誤すると、訴えられちゃいますね。」と、それまでの状況から冗談と笑ってすますことができないことを言ったのです。その後も点滴が続き、尿瓶に小便をしたら、看護師に来てもらって捨ててもらっていました。ところが、この問題の看護師だけは露骨に嫌な顔をしたため、来てもらうのがうっとうしくなって、点滴をした状態でトイレに小便を捨てに行ったら、段差があったことから、点滴の針が抜けてしまったのです。仕方なく看護師を呼ぶと、もっと露骨に嫌な顔をしてくれました。私は、「絶対、こいつは許さない。」と決めました。そうしたら、点滴の速度がおかしく、予定の時間で終わらなかったため、食事がとれないことがありました。そこで、私は、この看護師に「もう来なくていい。お宅から点滴を射ってもらう必要はない。」と言って、これまでの不満を全部ぶつけてやったら、来なくなりました。その代わり、婦長が飛んできました。


もう一つ不愉快だったのは、見舞客の挨拶の仕方から、隣の部屋に入院している患者が反社会的勢力の関係者だと分かりました。その患者は、携帯電話で話し放題で、しかも大声で話すため、ナースコールの機械部分の壁をぶち抜いている構造から、ガンガンその声が私がいる部屋に漏れ聞こえてきました。しかし、この病院の関係者は誰も注意しませんでしたね。私は耳栓をするようにしました。先生の回診のときも、嫌みで耳栓を外しませんでした。


毅然とした対応を取ることができない病院はダメです。退院するとき、投書してきました。


ところで、ICUから出ると、先生から「排便をしたら、医師か看護師に見せて下さい。」と言われました。当初は点滴だけでしたから、便が出る状態ではありませんでした。ただ、数日してから、おかゆが始まり、その後は、少しずつまともな食事になっていきました。


そして、これからが最後の地獄となるのでした。


人生で初めての手術(終)

食事を再開して3日目の午前中、腸のレントゲンをとったところ、便があるのが確認できました。


強制的に排便するため、午後9時ころ、液状の下剤(約10滴。通常よりは少ない量とのことでした。)を服用しました。ただ、その効果が約6時間後に出ること、今度出血したら傷口を縫合するので肛門が小さくなるため、排便がしづらくなると説明されていたことから、結局、一睡もできませんでした。どうして昼間に下剤の効果が出るよう服用させなかったのか、その理由が分かりませんでした。


夜が明けてからも排便を試みましたが、恐さがあって力が入りませんでした。次の方策として、午後1時過ぎに座薬を使った(自分で入れました。)ところ、肛門から泡がブシューッと吹き出す感じになり、ほんの少しだけ(ポロリという感じですかね。)排便ができました。看護師さんに報告すると、喜んでくれました。


それから、2日間は手すりに掴まって、渾身の力を込めてブルブル震えながら、排便をしました。出産は痛いそうですが、このときは産みの苦しみでしたね。涙が出ました。いつものように看護師さんに報告しました。その後は、服用した酸化マグネシュウムが入った薬剤が効いたのか、柔らかい便が出るようになって相当楽になりました。


10月28日にいぼ痔の手術をし、やっと11月29日に退院できました。10キロ近く体重が落ち、病院の隣にある郵便局にハガキを出しに行くのでさえ、息が切れました。


家から近いということで病院を選んではいけません。ホームページを出しているからといって、病院を選ぶことも危ないです。たとえ診療科目が違っても、かかりつけのお医者さんがいらっしゃる方は、そのお医者さんに相談して下さい。


私は、退院後、変わり果てた姿で、かかりつけのお医者さんのところに行ったら、びっくりされてました。しかも「言ってくれたら、別のところを紹介したのに。」とまで言われました。知人が痔になったとき、遠くの有名な病院に行くよう必死で説得(自分が最初に行った病院に行くなら絶交する。)しました。この説得は間違っていませんでした。


退院してしばらくしてから、ICUでお世話になった方々に「福砂屋のカステラ」を持って御礼に伺い、さらに主治医の先生に傷口を確認してもらったら、特に問題はなく(傷口を止めていたピンも自然に脱落していたそうです。ただ、肛門に指を入れられてこねくり回されたときは、思わずのけ反ってしまいました。)、血液検査の結果も問題はありませんでした。内視鏡検査による腸内の写真も見せてもらいましたが、司法解剖で慣れていますから、驚くことはなかったです。


今でも酒を飲みすぎると、恐らくは手術で切ったであろうと思われる部分がズキズキ痛みます。一生お付き合いしていくことになるのでしょう。



持病について

昨日、かかりつけの内科の先生に診察して頂き、いつものように薬をもらってきました。痛風、コレステロール、高血圧予防の薬のほか、胃薬、睡眠導入薬等も出してもらい、帰りは薬袋の数がすごいですね。


家族ぐるみでお世話になっており、血圧を計ってもらって、雑談になると必ず子どもの話に及びますので、今年の正月はiPadにインストールした「上海」というゲームで子どもと遊び、盛り上がったことをお伝えしたところ、席を立たれて隣室に行かれたかと思うと、ギャラクシータブを持って来られました。しばしの間、いじって見せて頂きましたが、得意げな顔をされていました。


最後に「お尻の調子はどう?」と質問され、「正月に飲み過ぎて、ちょっと変です。」と答えると、「座薬を出しておきますか?」と言われましたが、丁重にお断りしました。


自分で座薬を入れている姿を思い浮かべると、哀れになるのです。


それから、友人が、「久しぶりにブログを読みました。辛い闘病生活があったんですね。」とメールをくれました。この友人が最後に私のブログを読んでくれたのは、いつなんだろうと思いました。

「ざやく」、やっちゃいましたね。

先日の「持病について」と題するブログで、「ざやく」の漢字を間違いました。やっちゃいましたね。


パソコンの変換では、最初に「座薬」が出てきます。次が「坐薬」です。広辞苑を見たら、【座薬・坐薬】となっています。


ボラギノールのCMが流れていたので、よくよく注意して見ていましたら、「坐剤」という表示でした。いつも、このCMを見ると、「この出演している方も痔なのかな、明るいなあ。」と思っています。相談することが憚られ、トイレに行くのも憂鬱になって、気が滅入ってしまうものです。


さらに調べてみると、広辞苑では、【坐】のところで、「座」で代用するとなっていますね。そうすると、やっぱり「坐薬」としなければいけないことになります。


以前、責任能力、つまり、悪いことをしていることを理解できていたのか、理解できていたとしても行動を制御することができたのかどうかが問題となった案件で、心「神」喪失と書かなければいけないのに、心「身」喪失と書いていたことがあり、しかも、上司にその記載のある書面を点検してもらって、誤りに気付いたことから、情けなかったです。


語源に遡って自分のものにしておけば、いざというときに間違いをしないと思います。


それとミスした書面(上司の手が入った書面)を廃棄せずに、訂正して完成した正式な書面と一緒に綴っておくと、自分がどういう間違いをしたのか分析できますね。

「ためしてガッテン」を見て

今週NHKで放送された「ためしてガッテン」という番組は、痔を特集していました。痔の手術をして死ぬ思いをした私には他人事ではありませんので、興味深く見させてもらいました。


女性アナが「いぼ痔」と何度も口走っていましたね。また、いぼ痔の仕組みを分かりやすくするために作られた模型も笑いました。


気になったのは、長年、お尻の状態が芳しくなく、悩んでいる一般の女性が顔を出して登場されたことです。その婚約者も出ていましたね。痔の薬のCMを見ていると、「この女性も痔なのかな?」と想像してしまいますが、今回、顔を出した女性は、治療代をなしにしてもらったとか、何かいいことがあったのでしょうか。もちろん、病院に行く機会ができて、お尻の悩みが解決したことが一番いいことなのですが…。


なお、手術をして入院中の私を何度かお見舞いに来て下さった方も、この番組を見ておられました。

Appendix

カテゴリ

Extra

プロフィール

オグちゃん

Author:オグちゃん
平成25年5月、アメーバ・ブログから引っ越してきました。役に立つことも、役に立たないこともマイペースで書いています。日記のような感じでしょうか。

しかし、ブログから新しい出会いが生まれ、有難いものであるということも知りました。

最新記事

検索フォーム

アクセスカウンター

フリーエリア

QRコード

QR

天気予報


-天気予報コム- -FC2-