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裁判員裁判について(1) 命の大切さ

今日は、ちょっと真面目なことを書いてみます。裁判員裁判が始まって1年以上経過しました。皆さんは、どういう感想をお持ちでしょうか。


実際のところ、熾烈な争い方をする事件の審理はまだのようですし、死刑が求刑された事件もありません(裁判所は、検察官の求刑に拘束されることなく、死刑の判決をすることができますが、そこまで勇気がある裁判所はないと思います)。犯人が捕まった直後は、新聞、テレビで取り上げられない日がなかったような事件も、裁判員裁判を始める前になされる公判前整理手続で止まっているようです。したがって、これらの事件や本気で死刑が問題になる事件も、いずれはこれまで裁判とは無関係の生活を送ってこられたと思われる裁判員の方々を悩ませることになるでしょう。


裁判員の皆さん、悩んで下さい。人の命が絶たれ、人の一生がかかる裁判に携わっておきながら、悩まない方がおかしいと思います。人の一生は、どこで歯車が狂って予想外のものになるか分かりません。私の口癖は、「この世に生を受けた証を残せ。」ということです。


残念ながら、命が軽く扱われる世の中になっています。裁判員裁判の中には人の命と関係のない事件がありますが、裁判員になられた方は、その経験を生かし、裁判の難しさ、命の大切さを語って頂きたいと思います。

裁判員裁判について(2) 死

故意の犯罪行為によって人が死亡した場合、法定刑に無期懲役・禁錮刑以上の刑が含まれている場合に裁判員裁判の対象事件になります。したがって、前者の場合には、裁判員は被害者の死亡という現実に直面し、検察官から提出される死体の状況や解剖の状況に関する証拠を検討せざるをえないと思います。


もちろん、これによってショックを受けられる(一生続くかもしれません。)裁判員がいるはずで、どうやってケアするか検討する必要があると思います。現在は、そこまで手が回っていないというのが実情であり、今後、制度のあり方を検証する際に、当然、議論する必要がある問題です。



ただ、最近の日本人は、「死」という問題が身近なものでなくなったような気がしてなりません。親族の死に直面して、真剣に死について考える機会が減っていると思うのです。自分の意思で、この世に生を受けた方はいませんが、自分の意思で、命を絶つ方がいらっしゃいます。自分の意思とは無関係に、犯罪によって命を絶たれる方がいらっしゃいます。


そして、その死が犯罪に起因するものかどうか明らかでなければ、通常は解剖されます。これまでの日本は解剖の件数が少なく、解剖しなかったために死因の究明に支障を来したことから、今後は解剖の件数は増加するはずです。裁判員は、場合によっては被告人に死刑の判決を下す事件に関与することになっています。その職責を果たすことが予定されている現行の裁判員裁判制度の下では、裁判員には死体の写真、解剖の写真を見て頂く必要が生じます。そのことによって、死を考えるとともに、被害者の無念さを知ることにつながると思うのです。



裁判員裁判が始まって少しの間は、対象となる重大事件が起きない感じがしましたが、残念なことではあるものの、最近は頻繁に起きていますね。特に親族間での事件が増えたような気がします。そして、裁判員裁判の問題点も指摘されています。公判が開かれないで滞留している事件が多く、裁判所はその件数を気にしています。


実際のところ、裁判員裁判ではなく、以前の裁判官だけの裁判であれば、早々と判決が出ていたであろう事件が、裁判員裁判になったばかりに、公判前整理手続に手間取り(検察官の証拠開示が遅い。余罪がある場合、すべての事件が起訴されないと証拠を開示しない。)、時間を要しているケースがあります。とにかく早く処理すればいいという発想だけは捨てて頂かないといけません。裁判員裁判が日本人に向いていないということであれば、早く止めたらといいと思います。性犯罪を対象にするのはおかしいということであれば、対象から外せばいいと思います。被告人に裁判員裁判を受けるかどうかの選択権を与えることも検討すべきでしょう。



いずれにしても、私は現在の裁判員裁判が何も問題を抱えていないとは言うつもりは毛頭ありません。否、いろいろと問題を抱えているというのが事実です。



裁判員裁判を傍聴して

本日から審理が始まった裁判員裁判を傍聴してきました。事案の概要は、介護に疲れた被告人(男)が、実母の首を絞めて殺害した殺人事件でした。


開廷前に法廷の様子を報道カメラが撮影しますが、この2分間が結構長く感じられます。裁判員裁判が始まった当初に比べると、傍聴人の数は確実に減っており、マスコミ関係者と検察庁関係者の傍聴が多いようでした。


被告人は、起訴状に記載された公訴事実を認めました。弁護人もこれを認め、他に何も言いませんでした。その瞬間、傍聴席側にいた検察官が怪訝そうな顔をしていました。その意味は、検察官の冒頭陳述を聞くと、容易に理解できました。弁護人が主張することを予定して、検察官は被告人の責任能力について証拠関係を説明したのです。しかも、検察官は被告人が「自首」したことも指摘しました。


以前、裁判官を招いての講演の際、裁判官が弁護士に注意したことは、法律上の主張は公訴事実に関する弁護人の意見に続けて、きちんと主張してほしいということでした。いいことを聞いたと思った私は、裁判所から「弁護人の御意見は?」と質問されると、「被告人と同様です。ただし、法律上の主張として自首を主張します。」と言うようになりました。私が「ただし」と言った瞬間、裁判所は、一瞬また変なことを言うのかと身構えますが、内容を確認してホッとしているのが分かるのです。


ところで、裁判員裁判では、公判前整理手続で証拠や主張の整理をしていますが、そこで法律上の主張をしておけば、公判で言う必要はなくなったのでしょうか。裁判員裁判が始まってからのことですが、弁護人がいきなり主張を撤回し、その主張があると思って準備していた検察官が、その後、撤回するなら事前に連絡してほしいと申し入れてきたことがありました。至極当然の申し入れだと思いました。


今回の弁護人の冒頭陳述では、責任能力と情状が争点になると指摘されましたが、聞いている検察官がかったるそうにしていましたし、異議を述べるか迷っているのが分かりました。裁判所から、弁護人に対して、「心神耗弱まで主張し、心神喪失は主張しない趣旨か。」 との釈明もなされました。傍聴していて、私も…。


検察官が証拠請求した最初の証拠は、遺体を司法解剖した医師の供述録取書であり、写真も添付されているようでした。裁判員の方が、この写真を見たら、ショックを受けられるでしょう。


昨今、老老介護が話題になっています。


小学生のころ、甲子園球児に憧れていました。高校生のころ、同じ年頃の子がすごいなと思いつつ、高校野球を見ていました。今年は、30歳も若い連中が頑張っているのかと感心しました。人は必ず歳をとります。しかし、若いころは、そのことが余り気になりません。今回の裁判が介護の問題を考える契機になってくれたらなと期待していましたが、傍聴席を立って帰ってきました。   

傍聴した裁判員裁判の判決結果について

先日、裁判員裁判を傍聴した状況を報告しました。昨日、判決が言い渡され、懲役3年6月でした(このとき、実刑と書く人がいますが、執行猶予を付するには懲役3年以下でなければいけません。したがって、懲役3年6月と書けば、実刑を意味することは当然ですから、実刑は不要です。私は、マスコミとは違います。)。


検察官の求刑は懲役5年でしたから、執行猶予になることも予想し、何が何でも実刑をもらいにいったということはないと思います。私は、裁判員がどういう質問を発したのか聞いていない(自分の疑問を解消するために質問するわけですから、質問の内容を聞いていると、判決の結果が想像できます。)ので、執行猶予になるものと思っていましたから、少々意外な判決でした。ただ、約1年前に発生した事件ですから、未決勾留期間が相当ありますし、刑務所で真面目にしておけば、出所の時期はそんなに先ではないでしょう。


刑に服し、罪を償ったことを一区切りとし、被告人には更生してほしいものです。この裁判では、被告人の精神鑑定が実施されましたが、私が弁護人をしていたら、その請求はしなかったと思います。率直に反省すべき点です。


ところで、私も、被告人を実刑にする必要があるのかと真剣に悩んだことがあります。上司から、「執行猶予が付けば控訴だから、その覚悟をしておくように。」と言われ、複雑な心境になりました。


当時は、殺人の法定刑の下限は懲役3年だったと思いますが、懲役5年を求刑したところ、具体的な刑を書くのは差し控えますが、実刑でした。傍聴席にいた被告人の妻が、私に対して、手を合わせて頭を下げてくれたこと、被告人のことを心配した近所の方が多数傍聴していたことが忘れられません。


今回のようなケースでは、どうして周囲に相談しなかったのか、どうして殺害という安易な方法を選んだのかと言って、被告人を責めますが、それは間違いであると思っています。被告人がどれだけ苦しんでいるか、周囲が察して手を差し伸べるのが筋ではないでしょうか。私は、家族に迷惑をかけないよう、ぽっくり死にたいと思います。そして、解剖だけは勘弁して頂きたいですね。   


裁判員裁判について(3) 始まるまでの長い

裁判員裁判の対象事件の審理(選任手続を午前中に行い、午後から審理を開始する場合)は、裁判員候補者に呼び出し状を送付してから「6週間」を空けないといけません(最高裁判所規則)。呼び出されることになった裁判員候補者の都合等を考慮するためでしょうが、実務では、さらに1週間余裕をもって「7週間」空けています。つまり、小学生の夏休み以上の期間があるわけで、長く感じます。


公判前整理手続が終了して、新たな証拠の提出は制限されていますし、審理計画が分刻みで策定されているため、これを崩すような主張もできません。ところが、この期間内になって、気持ちが変わる被告人がいるんですね。弁護人はどうすることもできません。そういうとき、弁護人としては、問題を抱え込まず、速やかに裁判所、検察庁に連絡を入れ、状況を報告しておくだけで、気分が楽になるでしょうし、弁護人も大変だと同情してもらえると思います。


それにしても、7週間は長いですね。早く解放してほしい、赤穂浪士で、最後の方で切腹した人はどういう気持ちだったのかなと思います。   

懲役2年6月?

昨日、殺人未遂を審理した裁判員裁判の判決があり、懲役2年6月の実刑だったようです(未決勾留日数の算入については不明です。)。法定刑の下限が5年ですから、それを基準にしても半分の判決ですが、問題は検察官の求刑が懲役7年だったということです。


裁判員裁判については、量刑データを検索することができますし、もともと検察庁は全国に張り巡らせたネットワークを利用し量刑を決定しますから、ピント外れの求刑をしたとは考えにくいです。しかも、新聞報道によると、検察官は論告の中で「法定刑の最下限以上、被告人を刑務所に服役させるべきである。」と指摘したとのことですから、懲役7年の求刑に自信があったことになります。そうすると、いかに実刑判決とはいえ、求刑の半分以下であることに違いはありませんから、検察庁では問題判決として検討に入らざるをえないです。



昔、同僚が、研修に行くため判決に立ち会えない人から頼まれ、代わりに判決に立ち会ったところ、「懲役2年」を求刑していた事件なのに、判決が「懲役6月」であったため、一瞬違う事件の判決を聞きに来たのかと思ったが、認定された事実を聞いていると、その事件に間違いなく、これは大変なことになったと血の気が引いたよと言っていたことがあります。結局、量刑不当を理由に検察官控訴しました。



上記の裁判員裁判の主任検事は大変なことになっていると思います。最高検が裁判員裁判に関する統計を取っているはずですし、高検には控訴するかどうかお伺いを立てないといけません。その前に、自庁において判決内容を検討することになります。予定が入っているのに、さらに大変な仕事が突然舞い込んでしまったわけですね。この土曜、日曜は出勤するでしょうね。

裁判員裁判について(4) 弁護人の解任

私選弁護人が解任されたため、裁判員裁判の実施が延期されたニュースが出ています。


裁判員候補者を呼び出していたのに、開廷できなかったことは裁判所の面子を潰したことを意味しますが、私選弁護人が解任され、弁護人がいない状態では開廷できませんので仕方ありません。裁判所は「やりやがったな。」と思っているはずです。被告人がどのような理由で私選弁護人を解任したのか分かりませんが、同じミスをするわけにはいきませんから、仮に被告人が新たに私選弁護人を選任したとしても、国選弁護人を選任して、両者を併存させる形で対応するような気がします。



裁判員裁判事件については、裁判所が緩やかに国選弁護人の複数選任を認めてくれるようになっているので、私選弁護人を選任するケースはそれほど多くはないと思いますが、今回の事例は裁判所にとって大きな教訓になるはずです。

ストッパ(1)

昔、京王線沿いの聖蹟桜ヶ丘駅の近くに下宿していました(いきなりローカルな話題で恐縮です。)。


そして、都心にある予備校で、午前9時30分から答案を書き、昼から3時間ゼミをして、その後、一般の受講生と一緒に3時間講義を受けて帰る日がありました。私にとっては、予備校に通うことが大変でした。


特急電車に乗っていて調布駅を出発した途端、腹痛が襲ってきたのです。土石流のようでした。今はどうなっているか知りませんが、電車にトイレがなく、しかも通勤ラッシュで近くにいる乗客がグイグイ腹を押してくるので、大変なことになったと思いました。次の停車駅である明大前駅までの約10分間が長く長く感じられ、終点の新宿駅まで乗らず、明大前駅で途中下車すると、トイレに先客がいました。最後まで気を抜いてはいけないということですね。どこで用を足したのか忘れましたが、その後、特急電車に乗るのが恐くなり、停車駅が多い急行電車を利用するようになりました。



検察官の場合、公判部に配属されると、午前10時ころから、昼の休憩時間を除いて、午後5時ころまで公判に立会しますので、朝は体調が万全でも、午後に突然腹痛が襲ってきたことがありました。何とか難を逃れた私は、先輩に「トイレに行きたくなったことがありますか。行きたくなったら、どうします?」と聞いたのです。その先輩は、呆れた顔をしながら、「トイレに行ったよ。手を挙げて、すみません、ちょっと休廷と言えばいいだろ。」と言われました。私が、「裁判官から、どうしましたかと聞かれませんかね。」と聞くと、「そんなの聞かないわ。裁判官だって、いきなり休廷と言うことないか。あれはトイレや。」とのことでした。幸い、その話を聞いてからは、腹痛が襲ってきたらトイレに行かせてもらおうと決めましたので、気分的に楽になりました。



裁判員裁判ですと、分刻みでスケジュールを組み、裁判員の集中力が欠けないように頻繁に休憩をとるようになっています。私は、万が一に備え、TVでCMをやっている「ストッパ」(下痢止め)を用意しておこうと思います。何かあったと思ったマスコミがゾロゾロついてきたら、ゆっくり用を足せませんからね。

裁判員裁判について(5)

押尾学被告人の裁判員裁判では、「致死」の事実が認定されなかったにもかかわらず、検察は控訴をしないようです。控訴しても、事実誤認の主張が認められるとは考えがたいことが、その理由のようですが、それでいいのかなと思ってしまいます。検察官が控訴しなければ、押尾被告人だけが控訴しているわけですから、不利益変更の禁止から、控訴審は一審より重い刑を言い渡すことはできません。


求刑を相当下回る判決でも、検察は量刑不当を理由にあまり控訴しませんよね。たしかに検察官が控訴するということは、上級庁とも協議し、判決が覆るかどうか慎重に判断した上で決する以上、その重みが被告人や弁護人が控訴する場合のそれとは違うと思います。しかも、控訴趣意書の起案に費やす労力は大変なものです。


しかし、余りにも裁判員裁判の判決結果を尊重するということは、検察が立証に失敗したということもあるでしょうが、検察の求刑が屁のつっぱりにもならないということにならないか心配です。

禁酒宣言

私にとって初めてとなる○○○○○が身近に迫ってきたため、小心者ですから、願掛けの意味も込めて、21日まで禁酒することにしました。禁酒の期限が決まっているので、何とかなるのではないかと思っています。


しかし、禁酒を前に、8日の金曜日には、腹を割って話ができる、(歳の差からいうと)兄と慕っている方と一杯やりました。私は、合わない人間がいると酒がまずくなるということを知りましたので、忘年会や懇親会の類には出席せず、1対1で飲むか、家で飲むことばかりです。


今では兄と慕っている方ですが、最初に会ったときは、メンチを切り合った記憶があります。私も馴れ馴れしいところがあり、軽い感じで話していたところ、「なんだ、おめえは。」という目で見られたので、私も兄の足から頭のてっぺんまで嘗めるように見てから、「なんじゃい。」という感じで目を見返したのでした。今では懐かしい話です

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