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大阪梅田の串揚げについて

私は、大阪梅田の串揚げが大好きです。


客が多いときは揚げるのが間に合わないため、注文があると、前もって揚げていたものを少し揚げ直すようになりますので、できるだけ客が少ない時間帯に行き、自分のために串揚げを揚げてもらうようにしています。


これから、食べようかなあと思っていた串揚げを横取りされるとあまりいい気持ちはしません。できる限り、取り返すようにしています。


他の客を観察していると、店に来たかと思うと、アッという間に1000円札で支払いをして帰る客がいますが、私の場合は、たっぷり食べて飲みますので、2人で1万円くらいになることもありました(だから、痛風なのでしょう。)。そのとき、店員さんが串の形、本数で代金を計算するのですが、何がどうなっているのか分からず、言われたままの金を支払ってきます。


ソースは、例によって2度漬け禁止になっていますので、串揚げにたっぷり漬けるか、刻んだキャベツの凹んだ部分にソースを入れて、食べかけの串揚げにかけることになります。


一度、子供を連れて行ったとき、ソースの入れ物の中に子供が店に置いてある手拭きをポチャッと落としたことがあり、慌てて手拭きを持ち上げたのですが、串揚げにソースを漬けるように、手拭きにたっぷりソースがついていました。店の店員さん(あんちゃん)に怒られるかなと思ったら、「いいよっ。」と全く問題にしませんでした。酔いが醒めて、すぐにお勘定をしてもらって、ソース代を払おうとしたのですが、これも断られました。


ただ、私が見た限りでは、ソースを入れ替えようとする様子がなかったんですよね。ソースの二度漬け禁止はあくまで串揚げについてであり、手拭きは二度漬けすることは予想されていないから、気にしないとの解釈は成り立つでしょうか。きっと、私と子供が帰った後、ソースを入れ替えたと思いますね。


私は今でも大阪に行けば、このお店を利用していますが、ソースの中に子供が手拭きを落としたことが思い出されてなりません。


讃岐うどんについて

私は、平成5年4月から平成7年3月まで、高松にいました。


今のような讃岐うどんブームになっていたわけではありません。


あまりうどんが好きではなかった私も、讃岐うどんの本場に来たわけですから、ちょくちょくうどんを食していました。庁舎地下1階にある食堂にも、当然のことですが、メニューにうどんが用意されていました。驚いたのは、店員さんから、必ず「何玉?」と聞かれることでした。普通は何も言わなければ1玉と思うのですが、食している人を見ると、1玉注文する人の方が少ないようでした。それだけ美味しくて、しかも安いことから、人気があったのですね。


私は、カレーうどんが大好きなのですが、食べ方が下手なため、カレーがピチョッとワイシャツに飛び、これがきれいに拭き取れないため、苦労しました。また、うどん屋さんには、おでんが置いてあるところが多く、辛子みそをつけて食べていました。


当時は司法修習生の相談相手(指導できる能力はありません。)になっていましたが、きちんと答えられることの方が少なく、「とりあえず飲みに行こうか。」と誘っては飲んでいました。司法修習生の方も、この検察官に相談しても答えられないだろうが、飲みに行けるからいいかと思っていた者がいると思います。司法修習生に骨付き鳥の店に連れて行ってもらったのですが、はまりましたね。


検察官は、通常2年から3年で異動します。したがって、嫌な事件、嫌な上司ともおさらばできます。しかし、異動先では嫌な事件、嫌な上司が待っています。今から考えると、寒いのと暑いのは苦手ですが、北海道と沖縄で仕事をしたかったなと思います。

いざ神戸へ

平成7年1月17日の午前6時前に、阪神淡路大震災が発生しました。当時、私は高松にいましたが、早起きでテレビを見ており、結構な揺れでテレビの上に置いていた時計が倒れたのを憶えています。


阪神淡路大震災が発生する前の週に、検事正から神戸への異動の内(々)示を受け、「希望通りだから、いいね。」と言われ、「喜んで。」と答えていたのでした。神戸はいいところなので、1年の勤務で異動になるのは惜しいと言われ、新任をわざわざ大阪にして、その後に神戸で勤務することを希望していた私にとっては、希望が叶った結果となりました。


ところが、阪神淡路大震災の状況が判明するにしたがって、気分的に滅入るものがあり、検事正に「神戸への着任を遅らせてもらえないでしょうか。」と恐る恐る尋ねたのですが、全く相手にされず、当初の予定通り、4月1日付けで異動になりました。


新幹線が復旧しておらず、在来線で神戸に向かいましたが、長田区辺りから目に入ってくる光景が一変し、惨状が嫌でも理解できました。新築間もない官舎にもヒビが入っていました。休みの日にちょっと歩いていると、切れた電線がぶら下がっていたり、何気なく花が供えてある光景を目にしました。


仕事の方は公判部に配属されましたが、当然終わっているはずの事件が、地震のために法廷を開けなかったことから、中途半端な状態で引き継ぐことになっていました。波乱の幕開けでした。

出張です

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山口県に来ています。松下村塾です。

萩焼フェスタ期間中の法律相談担当をお願いし、この時期になりました。

奈良の思い出

私は、神戸から奈良に異動し、奈良で一年間仕事をしたことがあります。


忙しかったという印象しかありません。事件が配点されると、捜査はもちろん、公判も担当することになっていました(主任立会制)。金曜日は合議事件(裁判官3名で審理する、いわば重大事件と言えるでしょう。)の審理をすることになっていましたが、毎週審理する事件があるため、息つく暇がなく、事件に追われる毎日でした。


そのため、奈良は観光地ですが、あまり観光した記憶がありません。その気になれば、いつでも行けるという気持ちもあり、産まれたばかりの長女を連れ回すのも可哀想ですから、職場にいないときは、官舎にいる時間が多かったです。


奈良で驚いたのは、鹿が官舎のゴミをあさっていたことです。鹿がウヨウヨいるわけですから、職場の敷地内にも入ってくるものがいましたし、たまに長女を乳母車に乗せて、東大寺の辺りを散策し、鹿煎餅を買おうものなら、鹿が長女に群がり、長女を食べそうな雰囲気になっていました。


それから、お遍路好きの私が足を突っ込み、途中で挫折したのが、「花の寺」巡りです。きれいな花が描かれたお札を集めましたが、時期が悪くて、花が咲いているのを目にすることはありませんでした。


お水取りには、職場の者と行き、いい場所で見せてもらいました。別の日には、嫁さんと長女を誘って行きました。長女は、小学校の修学旅行で奈良にも行き、東大寺の柱の中を通ったと言っていましたが、奈良に住んでいたという記憶はありません。

USJ

USJは開園して10年になるんですね。


開園する前に、懸賞に応募したら招待券が当たって、家族で行ったことがあります。そのとき、嫁さんは妊婦でしたから、利用できないアトラクションが多かったですね。


その当時、嫁さんの腹の中にいた長男がUSJに行きたいと言っています。私が、長男に「お前は行ったことがあるんだ。」と言っても、全く信用しません。今日の長男は、眼の調子がおかしくて、眼科に行っています。

高松に行ってきました(1)。


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10月6日(木)、日弁連の人権擁護大会に出席するため、高松市に行ってきました。


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瀬戸大橋線の快速マリンライナー(左)と在来線(右)です。私は、マリンライナーの車両を見ると、鉄人28号を連想します。




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駅の構内にある「連絡船うどん」です。瀬戸大橋がなかった当時、本州と四国を結ぶ交通手段であった連絡船の写真が看板に並んでいます。うどんも美味しいと評判です。


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駅の構内から出て2階にある「立喰い寿司」です。何度かテレビで紹介されている場面を見たことがあります。

発見しました。


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奈良に関連するブログを拝見していると、私が奈良に住んでいたとき、「唐招提寺に行ったかな?」とずっと考えていました。何か記念に購入したような記憶があり、唐招提寺に行ったという記憶が強かったですが、ついに写真のものを発見しました。


説明書が見当たらないのですが、手で握ってグリグリして呆けを防止するものかと思います。もう一つ予備を買ったかどうか思い出せません。

最後の萩法律相談担当について(1)

11月30日、法律相談の担当で、山口県萩市に出張してきました。


虫の知らせというか、予定よりも1本早い新幹線に乗り、萩市内を散策しました。そして、法律相談センターに行ったところ、今回が最後ということでした。弁護士が増えたため、遠方から弁護士に来てもらって相談を受ける実益が無くなったのですね。たしかに、相談者の方にアドバイスをさせて頂くことはできるのですが、萩の事件を受任するのは無理でした。


私は萩に出張するのが少ない楽しみの一つでしたが、時代が私を必要としなくなってきたなと実感しているところです。恐らく、私が生きている間に、再び萩に行くことはないでしょう。


そこで、何回かに分けて、萩市内等を散策しながら、撮影した写真を掲載し、思い出の一つに残したいと思います。


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やっと新山口駅に着きました。ここから萩までは特急バスを利用すると約1時間です。バスにトイレがないのが難点で、数日前から体調管理に気を配りました。


今回初めてバスの運転手さんが女性でした。


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バスセンターで降りるとすぐの位置にある札場跡です。


私が萩法律相談の担当になったのは知り合いの弁護士から紹介されたのがきっかけでした。当初、バスセンターの近くに法律相談センターがありました。その後、場所が移転し東萩駅近くになり(松陰神社に歩いていける場所です。)、再び場所が移転して現在の裁判所の近くになったところ、気が付いたら、この札場跡ができていました。


最後の萩法律相談担当について(2)


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今回は萩の城下町、萩城跡に向かって散策しました。


この看板が設置されている場所まで結構歩いていました。しかし、ここから萩城跡まで1キロとなっています。この種の看板は距離を少なく表示しているようが気がします。しかも、帰りもありますから、もっと時間がある場合はレンタサイクルもいいなと思いました。


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萩の名物のひとつはみかんです。みかんジュースやマーマレードが売られていました。また、小学生(中学生にしては小さいですし、半ズボンを履いているので小学生でしょう。)の集団に出会いました。制服姿が凛々しかったですね。

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Author:オグちゃん
平成25年5月、アメーバ・ブログから引っ越してきました。役に立つことも、役に立たないこともマイペースで書いています。日記のような感じでしょうか。

しかし、ブログから新しい出会いが生まれ、有難いものであるということも知りました。

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