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印鑑の重要性について

友達から「迷惑をかけないから。」と言われ、連帯保証人になってしまった、どうにかならないかといった相談を受けることがあります。中には、書類の内容を確認しないで、何の連帯保証人になったのかさえ分からないという人もいます。通常は、高い勉強料を払って頂くことになります。


新任検察官のとき、印鑑屋さんが来て、「ひとつどうですか。」と勧誘されました。私は、司法修習が終わって検察官になるまでに、教官から紙に印を押してもらって参考にし角印を作っていましたが、これを機会にと思い、丸印を1本作りました。


あくまで一般的な話ですが、検察官は起訴状の原本に署名押印する際には、角印(例えば「検事○○○○」というものです。)を使っているようです。そして、決裁を受ける書類には、丸印を使っています(ここで角印を使う人はいないですね。)。主任検察官から、(部長、)次席、検事正と印鑑が並びますが、長年使われていると、端が欠けているものもあり、歴史を感じます。最近はどうなったか分かりませんが、起訴状の写しに決裁官の印をもらわなければいけないことがあり、一旦印をもらったのに、起訴状の記載にミスがあることが判明して、もう一度印をもらいに行くときは、情けなくなりました。


印が押してあるということは、その内容を承認したということですから、印が押してあれば責任があると言えます。後で聞いていなかったという抗弁は通用しません。ところが、印が押してなく、別の決裁官が印を押していた場合は、そのことが分かった瞬間、強気になる方がいました。


ところで、私は大好きで、決裁を受けに行く度に何か一つ学んで帰らせて頂いた検事正がいらしたのですが、皆とうまくいくことはなく、相性の悪い人もいました。たしかに偏屈なところがありました。例えば、結論に満足したわけではないが、次席までがそういう結論であれば尊重しようという場合には、わざと印を横や逆さまに押してみたり、決裁に来るのが遅いとお怒りになったような場合には、苗字を刻していない方で印を押してみたりされる方でした。そのような話は私の耳にも入っていましたから、私の方から「検事正、横向きで結構ですから、印を下さい。」とお願いすると、頷きながら、きっちり印を押して下さっていました。しかも、この検事正は達筆でしたね。


また、他の機関には、検察官は角印を持っているものと信じているところがあり、照会文書に丸印を押して出したら、これはおかしくないかと疑問を持たれてしまい、再度、検察官の丸印のほか、検察庁の庁印(これは角印です。)を押して、照会をかけることもありましたね。


お世話になった何人かの方には、お別れの際に角印をプレゼントさせてもらいましたが、今でも使って頂いていると信じています。

風呂敷について

法律家は風呂敷を利用しています。特に検察官が公判のために裁判所に行く場合、証拠とすることに同意された記録は裁判所に置いてきますから、風呂敷を使うと帰りが楽です。大量の証拠を持って行き、帰りは楽をしようと思っていたら、弁護人が証拠の認否を留保したため、そのまま検察庁に持って帰ったこともありました。


私は受験生のとき、検察官が風呂敷を使っているのを見て、憧れの職業の人の真似をしようと思い、紺色の風呂敷を購入し、基本書や六法を包んで持ち運んでいましたが、記録を裁判所に置いて帰る検察官とは異なり、いつも重くて大変でした。


実務家になってからは、通勤の際も風呂敷を使っていましたが、ある日、何回か通って顔見知りになった食堂の大将から、「呉服屋さんですか。風呂敷なんか使われて。」と聞かれたことがあります。餃子を1人前頼んでこれを食し、ビール1本を飲んで帰る男が、本当に呉服屋さんに見えたのか、あるいは「仕事は何をされているの?」とは聞きづらくて、呉服屋さんを例に出されたのかもしれません。私が、名刺を差し上げたら、大将は妙に納得されてました。


私は手持ちの風呂敷が増えましたが、今でも、このときの風呂敷を利用しています。あこがれの検察官が使っていた風呂敷に似た物を、店員さんにイメージを伝えて探してもらって購入したのですが、よく見ると「春夏秋冬」と書いてあります。憧れるものがあるというのはいいことです。そう言う自分の人生は冬に入ったかなと思います。

他人の事件処理の応援に入ったとき

検察庁の場合、その事件を担当する主任検察官がいます。被疑者の数が多かったり、事情聴取しなければならない参考人の数が多いと、応援のため検察官に入ってもらい、身柄をとった被疑者の取調べを担当してもらったり、裏付けをとるために遠方に出張してもらったりします。通常の場合、応援に入った検察官は、自分の事件を持ち、これを処理しながらの応援ですから、応援に組み込まれると大変です。また、応援に専念する場合は、応援に入らなかった検察官にしわ寄せがいきますので、必ず誰かが貧乏くじを引くことになります。


「応援に入ったら、自分の事件と思って一生懸命処理しろ。」というのが、師匠の言葉でした。


ある場所に異動してみると、捜査の真っ最中の事件があり、先輩の主任検察官は身柄を担当することなく、指示に徹していました。それが少し気に入らなかったので、文句を言う時期を探していましたら、私が取った調書にクレームを付けたので、「お宅も身柄をもって調べをされたら?」と言ってやりました。すると、烈火のごとく怒った主任が、私に「給料をもらっておきながら、何だ。」と言ってきたので、「お宅から給料はもらっていません。」と言い返すと、黙ってしまいました。


私は、そんな口だけの主任は嫌いでしたから、必ず身柄をとった1名の取調べは担当しました。文句を言ってやった先輩は、「統括」という訳の分からない肩書きで、私の事件に入ってきましたが、相手にしませんでした。他庁から応援に来て下さった先輩は、後輩の私を立て、しかも私に恥をかかさないよう、痒いところに手が届く調書を取ってきてくれました。私も、後輩の応援に行くことになったら、このように頑張らないといけないと思ったものです。検察にも問題はありますが、これは検察の素晴らしい点の一つだと信じています。


以上で投稿したところ、厚生労働省の元局長の事件で、主任検察官が押収した証拠を改ざんかという記事を目にしました。本当の話かなと思います。これについては、機会を改めてコメントさせてもらいます。

根回しについて

検察は、伝統的に主任検察官の意見を尊重する役所です。


しかし、上司の決裁が必要であり、上司の決裁印がもらえなかったのに、主任検察官が起訴することはまずないと思います。上司が、「俺は知らん。印は押さないが、起訴するなら、勝手にしろ。」と言った場合、担当の事務方にその事情を説明して起訴するかどうか、起訴したら語りぐさになるような気がします。


このように上司の決裁が必要ですから、上司への根回しを忘れたらいけません。できるだけ早い時期に、弱いところは正直に言って、自分が考えている方針を伝え、アドバイスを受けることが必要です。私は経験していませんが、刑事部長が、主任検察官と一緒に、次席検事のところに行き、主任検察官を後押ししてくれることもありますが、時に、次席検事から反駁され、刑事部長が「実は私もそう思っていました。」と寝返ることがあるようです。これをやってしまうと、一生言われます。中間管理職の辛いところですが、「主任ともう一度検討してみます。」くらいで引き下がるのが無難でしょう。


次席検事が温厚で、検事正からの信頼も厚い役所の場合、個々の検察官はもっとも仕事がやりやすいようです。逆に、検事正が出来すぎて、次席検事が萎縮し、その印をもらっても屁のツッパリにもならない場合は、次席検事が哀れなものです。それでも部下に八つ当たりしなければ、それはそれでいいのかもしれません。


いずれにしても、検察は国民のためにやっているのであって、上司のご機嫌を気にしながら、やる仕事ではありません。

私の名言

ちょっと下品な話になって恐縮です。


司法修習生と話しているときのことだったと思いますが、私は「風呂の中の陰毛になれ。」と言ったことがあります。湯船に浸かって、何気なく陰毛を見ると、湯の流れに沿ってたなびいていませんか。


検察官は、時代の流れを察知し、臨機応変に対応する能力が大事で、一方だけに肩入れしてはいけないのです。そして、風呂からあがる際、栓を抜いても、必ず、何本かの陰毛は浴槽にへばりついています。流されてなるものかと根性が入っているのですね。時に上司から怒鳴られたり、事件の処理で失敗することもありますが、「やったるでー。」と起きあがってくる根性が必要です。


この話をした司法修習生は、今も頑張っています。名言というよりは、迷言ですかね?

次長検事

自民党の谷垣総裁の街頭演説に関するニュースを聞いていたら、中国人船長釈放の問題について、「那覇地検の次長検事を国会に招致する。」と言っていました。何度聞いても、「次長検事」としか聞こえません。しかし、テロップには「次席検事」となっていました。分かっている人が気を遣ったのでしょう。そのまま、演説の内容を伝えたら、その人も「何してんの?」となりますからね。


ところで、検察庁法によると、7条2項に「次長検事」に関する規程があります。報道で、最高検察庁の伊藤次長検事を「次席検事」と紹介しているものがありました。細かなことかもしれませんが、間違うと恥ずかしいです。他の条文を見渡すと、検事総長、検事長、検事正と名称が出てきますが、次席検事に触れたものはないようです。因みに、高等検察庁、地方検察庁のナンバー2は次席検事と言っています。


そして、逮捕された大阪地検の前の特捜部長は、京都地検の次席検事をしていたわけですね。事が露見せずに、順調に行けば、その次は小さな地検の検事正か、一度最高検察庁に入って、検事正になるのを待っていたはずです。


話を戻しますが、特に谷垣さんは、自民党の総裁である前に、弁護士もされていたのですから、その場の思いつきで話すと、「そんなことも分かってないのか。」となりますね。「那覇地検の次長検事」宛に手紙を送ったら、そんな人はいませんと戻ってきますよ。

否認料

事件は、全く同じものはありません。被疑者、被害者といった当事者の属性が異なり、被害額、犯行の態様等も異なりますから、検察官の求刑もある程度の幅の中で決定することになるのは当然です。


身柄を拘束されて検察庁に連れてこられているのに、町中にいる感じで威勢のいい男がいました。私も血の気が多かったので、言い合いになったこともありました。処分をして、ちょっとしたら、またその男が身柄を拘束されたという新聞記事を目にし、これも自分が担当することになるんだろうなと覚悟していたところ、上司が自ら担当することになったのです。


その上司も、弁解録取のときの態度の悪さに激怒し、その後二度と調べをしないまま、関係者からしっかり調書をとって、起訴しました。そのとき、否認料を取り、求刑は+αされました。この事件を通して、態度が悪く、まともに話ができない人間については、警察に調べを任せ(申し訳ないです。警察で取った供述調書で裁判は十分なのです。)、検察官は、関係者等からしっかり証拠を収集しておけばいいということを学びました。そして、裁判のときには、「検察庁で吠えたように、裁判官の前でやってみるか。」と意地悪な質問をしていました。そうすると、裁判所でおとなしそうにしている被告人が、検察庁でどういうことをしたか、全く自由な娑婆ではどれだけ威勢のいい態度でのさばっているか、裁判所にも分かってもらえるのです。


裁判官は、自分の家に泥棒が入ったら、窃盗犯について刑が重くなると言われています。検察官も同様です。

不起訴裁定書

検察官は、事件を起訴する場合は起訴状を起案し、事件を不起訴にする場合は不起訴裁定書を起案します。


起訴状を起案したときの話ですが、決裁官から「読むと頭が痛くなる起訴状だな。」と言われたことがありました。別表を作成するのが面倒だったので、事実をダラダラと書いて羅列していたのが、不評でした。結局、決裁官の方で、別表の案を作成して下さり、実際に出来上がってみると、たしかにすっきりしていました。



これに対し、不起訴裁定書を起案したときのことですが、ちょっと手抜きをしていました。そのため、読み始めた決裁官の顔が曇っていくのが分かりました。一応最後まで読んで下さったのですが、すかさず「お前、これを読んで意味が分かるか。」と質問されました。私は、「分かりません。」と答えました。余りに素直な私に、決裁官は拍子抜けされたようでしたが、「事案の内容を知っている主任が読んでみて分からないではダメだろ。不起訴裁定書というのは、後で事件の内容を知らない人が、それを読んだだけで分かるように書かなければいけない。もっとお前を指導する時間が欲しかったなあ。記録は置いとけ。」と言われました。


しばらくして、決裁官から呼び出しがあり、伺ってみると、立派な不起訴裁定書が出来上がっていました。記録に全部目を通してから起案してくださったようで、上の決裁もすんなりパスしました。「事件の内容が分からない人が読んでも分かる書面」、今でも心掛けています。



ところで、検察庁は年末が近づくと、未済事件を落とさないといけません。そのため、決裁も若干は甘くなるように思います。決裁官から、「今年の目標は1桁だ。今の未済は何件だ。落とせ。持ってこい。」と檄が飛びます。ところが、そのような檄を飛ばしながら、「時効完成」を理由とした不起訴裁定書に手を入れた決裁官がいました。いろんな決裁官がいるということです。

監禁致傷

警察から送致された監禁致傷事件を担当したことがあります。当時は、警察が送致してきた罪名を変更するなど考えが及ばず、そのままできれば起訴する、ダメなら不起訴と考えていました。


例のごとく、決裁を受けに行って、調書の内容を吟味されると重苦しい空気が漂い、「監禁致傷の致傷と強盗致傷の致傷の違いは分かるか。」と質問されました。一応刑法は得意としていましたし、刑法の教科書にもきちんと書いてあることですから、「監禁致傷の致傷は、監禁の手段である暴行から生じていることが必要ですが、強盗致傷の方はそれよりも広く、強盗の機会に発生したらいいということになっています。」と答えると、「分かってるやないか。それで、お前の調書はそうなっているか。」と言われ、何も言えなくなりました。


そして、決裁官から「落とせ。」、つまり、不起訴にしろを言われましたが、主任検察官の意見としては起訴すべき事案であると食い下がり、さらに「それなら罰金で略式。」という決裁官を説得し、傷害で公判請求しました。決裁官は「罰金に落ちて公判部から文句を言われても知らないからな。」と言われていましたが、裁判所も判決で罰金にすることはありませんでした。この事件は、元々監禁致傷で立件するのが無理だったのでしょうが、座学だけでは実務は通用しないことを思い知った事件となりました。また、公判請求したことで、担当の警察官からは大変感謝されました。



今の司法試験は、問題文が長く、事実認定のところも大事です。監禁致傷が絡みそうな事案が出題された場合、監禁の手段である暴行から生じているか吟味することが必要となりますね。



ところで、話は全く変わりますが、覚せい剤の自己使用の事案を担当したとき、被疑者がトイレットペーパーのロールを水に浸し、そこに注射針を刺して水を吸い上げて注射器内の覚せい剤を溶かしたと供述したため、これはいい話を聴いたと思って、調書に録取して決裁を受けました。


またしても、例の決裁官(子煩悩な方)から、「そんなやり方で水を吸い上げることができるのか。」と質問され、「できると思いますけど。」と答えると、「できなければ自白の信用性はないぞ。」と追い打ちをかけられました。急いでトイレに行って実験すると成功し、そのことを決裁官に伝えると、「知ってるわ。お前が疑問が持ちながら調べをしているのかと思って聴いただけや。」と言われました。トイレットペーパーのロール1本がパーになりました。



こういう感じで、新任は事件を処理していくわけです。もちろん、その決裁官にしても、最初からそんなにできたはずはなく、もしかしたら、私よりもできなかったかもしれないのです。そして、法科大学院で勉強したり、司法修習生として修習しても、実務家として経験したこととは自分の糧になり方が違うと思います。



今から思えば、やってもいない実験を「やりました。」と嘘を言わなかった私は大したものです。

検事・鬼島平八郎について

ダウンタウンの浜田雅功さんが検事役をする番組が始まったようです。私は見ません。


この番組の紹介を読んで気に入ったのは、歳をとってから検事になったという設定です。最近の検察は、若くして司法試験に受かったから優秀である、優秀な人間を検事にとるというスタンスできました。


たしかに検事は、アホでは務まりませんが、決して優秀である必要はないと思います。検察庁に来る人には、いろんな人がいます。そのいろんな人の身になって事件処理するには、いろんな検事がいてもいいはずです。検察組織を再生するには、人柄を重視し、長くかかっても人を育てることが重要だと思います。なお、今回の検察の不祥事を見て、検事になるのを辞めたというような者は、最初から検察に入る資格はありません。公務員で安定した人生を目指したいのであれば、他の国家公務員や地方公務員の試験を受けたらよろしい。こういう時期だからこそ、検察再生のために働きたいという者がいて欲しいのです。



昔、「オレたちひょうきん族」のコントで、紳助さんらが弁護士役をするものがありました。弁護士の中には、「本当に弁護士か?」と思われる者がいますよね。弁護士には弁護士としての身なり、服装があると思っています。



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Author:オグちゃん
平成25年5月、アメーバ・ブログから引っ越してきました。役に立つことも、役に立たないこともマイペースで書いています。日記のような感じでしょうか。

しかし、ブログから新しい出会いが生まれ、有難いものであるということも知りました。

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